「日本の自動車産業は終わる」説は本当か?家電メーカーとの決定的な違いが
「日本の自動車産業が終わる」説の誤り
「エレクトロニクス化によって日本の自動車産業が終わる」という主張は2つの誤りを含んでいる。
1つは、本来はグラデーションであるはずのモジュラー型製品とインテグラル型製品との違いが境界線で絶対的に分かれると考える誤りだ。実際の製品の機能と部品との対応は、一対一と全対全という極端の状態の間(複数対複数)にある。つまり図1の部品と機能をつなぐ線の数を増やしたり減らしたりできる。自動車においても、カーナビやタイヤなどモジュラーな部品もある。
この「モジュラーとインテグラルとは境界で綺麗に分かれるものではなく地続きでグラデーション状だ」という点から、自動車が仮に多少モジュラー化したとしても、それが「パソコンや家電のレベルまでモジュラー化する」とは限らないことがわかるだろう。
2つ目に、エレクトロニクス化がモジュラー化に直結するという想定の誤りである。モジュラー型製品の多くがエレクトロニクス製品であるため誤解を生みやすいが、実はエレクトロニクス化それ自体がモジュラー化をもたらしているわけではない。むしろ反対に、テスラモーターズのイーロン・マスクなどは、2020年9月にEV用電池の内製化(EVのインテグラル化)を発表したほどだ。
モジュラー化に必要な技術革新とは?
本当は、モジュラー化は「標準を設定しプラットフォームを提供する」といった、モジュラー化への努力そのものにより達成されるのである。たとえば自動車の機能と部品の関係を一対一対応にするためには次のような技術革新が必要だ。
まず、通信機器とタイヤとモーターが一体となった「移動モジュール」を開発し、移動モジュールの取り付け部分を標準化して公開し、どんな車体でもこの移動モジュールさえ取り付ければ動くようにする。
移動モジュール同士は連動する必要があるため、相互に通信させ動作を制御する。そして、操作は移動モジュールと運転手の通信によって実現する。さらに、制御プログラムを改変して移動モジュールの動作を調整することで、乗り心地も変化できるようにする。
こうすれば、「乗り心地」は制御プログラム、「安全性」は車体、「燃費」は(車体からも多少の影響を受けるが)移動モジュールという一対一対応が可能になる。馬力を追加したければ移動モジュールを増設すれば良いし、自動運転機能を追加したいならば制御プログラムを変更すれば良い。