被災地・宮城を技能実習生で救う。インドネシアと地域をつなぐ男の挑戦
新型コロナウイルスの影響によるテレワーク、在宅勤務の拡大を受けて、地方移住に目を向ける人が増えている。現役リクルート社員の森成人さんは、2013年より出向先である宮城県気仙沼市で生活し、1405日間(およそ3年10か月)の仮設住宅暮らしをブログ「気仙沼出向生活」で綴っている。
本連載では森さんが被災地の生活を通じて知り合った、ローカルで活躍する人物を紹介する。今回、取材したのは菅原 渉さん(45)だ。
「ここは日本か?」と疑ってしまう光景
2019年から新しくインドネシア料理が食べられる人気レストランが気仙沼に開業した。またその隣にはムショラと呼ばれるイスラムの礼拝堂が建設された。これまで気仙沼でインドネシア人向けのお店はあまり見当たらなかったが、今はこのあたりに伺うと、いつもインドネシアの方がお客として利用していて、一瞬、「ここは日本か?」と疑ってしまう光景に出会う。
そんなインドネシア人のためのスペースを建設したのが地元の道路工事会社の社長である菅原さんだ。彼の会社では、インドネシア技能実習生の受け入れやインドネシアでの合弁会社の設立など幅広く国際交流に関わっている。
未知の国・インドネシアとの国際交流
なぜ地方の道路工事会社が国際交流事業を活発にしているのか。菅原さんからこんな答えが返ってきた
「実はインドネシアという国自体、自分にとっては縁もゆかりもないもので、数年前まではこんな事業をするとは思ってもみませんでした。ただ、会社がこの先どうすれば存続していけるのかについて考えた結果、会社が存続する前にこの地域で道路工事をしてくれる人材が先に枯渇するという現実に気づいたんです」
過疎化が進む気仙沼では人口減少が今も大きく問題になっている。まして、2011年の東日本大震災以降その問題は悪化している。
「震災を経験して会社がどうこうの前に、そもそもこの地域が生きていけるのか、そう感じました」