32歳・元“歴ドル”社長が起業を決意した「祖母の入院」と「三方よしの精神」
骨折した祖母の姿を見て決意する
順調な芸能活動の一方で、しっかりと商売人の血もうずき続けていた。
「ビジネスのお勉強のつもりで、自分でイチから会社を作ってみたかったんです。そこで、’12年に歴史グッズの通販事業を始めました。趣味の延長線みたいなものですし、もちろん社員もいません。芸能活動の片手間で運営していましたが、やっぱり商売って楽しいし、私は向いているなと感じていました」
転機となったのは、’14年に当時80歳だった祖母が入院したことだった。
「祖母はずっと仕事をしていたのですが、やめたとたんに元気がなくなり、階段で転んで骨折してしまいました。その姿を見て、高齢者は生きがいがなくなると心身ともに弱ってしまうことに気づきました。高齢者だって、できることはたくさんあるし、やりたい気持ちもある。でも、活躍の場がないことが問題だと思いました。だったら私が高齢者がいつまでも元気でいられる事業を立ち上げて、活躍の場を作りたいって思ったんです」
自身が上京して感じた願望を形に
そこで思いついたのが、高齢者が依頼者の個人宅に訪問する家事支援サービスだ。芸能活動の合間に、自ら既存の家事代行サービスに登録して働いたり、サービスを利用しながらニーズや課題などを探り、’17年に株式会社ぴんぴんころりを創業した。
「ぴんぴんころり」という社名は、「寝たきりや病気にならず、人生の幕引き直前までぴんぴん元気でいてほしい」という思いから。そして、事業名の「東京かあさん」は、彼女自身が上京して一人暮らしをする中で感じた「お母さん的な存在がいてくれたら」という願望を託した。
「事業って生き物みたいで、思わぬ変化や成長があるんです。当初は“お節介な家事代行サービス”として一人暮らしの男性利用者を想定していたのですが、実際には小さいお子さんがいるママがベビーシッター的に利用されるケースも少なくありません。予想以上に“第二のお母さん”として使われていることに気づき、ホームページにも『家事代行サービスではありません! ご近所にもうひとりのお母さんを持てるサービスです』と明記するようになりました。利用者の方に教わりながらサービスも少しずつ変化しています」