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日本人の性のテクニックは衰退の一途?考えられない昔の性事情

暮らし

性も恋愛も、村で共有されるものだった

うわさ

――それでは、好き合った男女はどのようにして肉体関係を持ったのでしょう。

新谷先生:昔ながらの村の多くでは、盆踊りなど祭りの晩が、若い男女が肉体関係を持てる機会でした。普段から気のある者同士が夜の闇に消えていったのです。場所は納屋だったり、女性の家だったり。村社会というのは少なからず人の目があるので、誰と誰が“馴染み(=肉体関係にある仲)”になったらしいと、すぐに村の中に伝わりました。

 昔の性愛のキーワードは「秘め事ではなかった」ということ。つまりは、コミュニティーで理解され共有されていたのです。そして、結婚前の性は独占できませんでした。

やっぱり既婚者の浮気は良くない?

――つまりは、同時進行もあったということですか?

新谷先生:はい。横槍を入れるのは褒められたものではないけれど、犯罪ではありませんでした。ただし、「既婚者の浮気は良くない」認識はありました。だから、あくまで結婚前の話です。

 また、昔は性行為の際に男性が女性の家に通っていたので、年頃になっても誰も通いに来ない娘を持つ親は心配したようです。

――伴侶を見つけるための身体的な相性確認が認められていて、さらに、年頃の女性が性行為をすることに周囲は肯定的だったのですね。

若者の性行為がはばかられる風潮は、いつから?

――昔は年頃の男女の性行為に寛容だったのに、貞操を守るという考えはいつからできたのですか?

新谷先生:それは明治時代以降です。前回も触れましたが、“西欧に追いつけ”という国内の風潮の中で、イギリスのキリスト教:ピューリタリズム(清教徒)の影響を受けたのです。

 性に関しては、夫婦間での子供を授かるための性行為しか認めないほど厳格で、“処女=純潔”という図式もこの時期から浸透していきました。

 その過程では、未経験で嫁入りする女の子のほうが都会的で、非処女は遅れているという考え方も見られたようです。

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