ビジネスパーソンに必要なアート思考。芸術から学べる「創造性」と「審美眼」を生かすコツ
近年、ビジネスとアートの関係性が注目されている。
芸術性や創造性は本来、芸術家(アーティスト)が持つ資質である一方、日々の生活において見たもの、聞いたもの、感じたものからアイデアが着想され、 アート作品が生み出される「過程」は、ビジネスの現場でも大いに生かされることだ。
新規事業の創出、プロダクトやサービスのUX(ユーザーエクスペリエンス)を考える上での「WOW体験」などは、まさに芸術家の着眼点や思考がヒントになるだろう。
今回は、Google Arts & Cultureでプロジェクトマネージャーを務め、現在は国際アートフェア「Tokyo Gendai」のフェアディレクターを担う高根枝里さんにビジネスパーソンに必要なアート思考の身につけ方について話を聞いた。
アートを支える人として関わろうと思った経緯
高根さんは18歳でニューヨークに渡り、現地の大学で心理学を学んでいた。
アートの道に進もうと思った経緯は、ニューヨークにある衝撃的なアートギャラリーとの出会いだった。
「その当時は副専攻としてアートを学んでいて、自分でも作品づくりをしていたんですが、周りの友人はプロのアーティストを目指していて意識が高く、私はどうアートと関わっていけばいいか考えていた時期でした。そんなあるとき、『Deitch Projects』というギャラリーに行く機会があり、そこでの展示を見た際の強烈なインパクトは、今でも鮮明に覚えているくらい気鋭なもので、『こんなアートの表現もあるのか』と考えるひとつのきっかけになったんです」
Deitch Projectsで個展を開いていた、サンフランシスコを拠点に活動するバリー・マッギーのインスタレーションは、トラックがひっくり返っているような奇抜なもので、独特のクールさやクリエイティビティが光るものだったという。
「自分が作家としてアートに関わるのではなく、ギャラリストや支える側として自分の世界観や感性を表現する方法もあることに気づき、大学院では本格的にアートビジネスを学びました」(高根さん)
New York Universityの大学院でアートビジネスを専攻する場合、美術館や学校で学芸員として働くためのノンプロフィット(非営利団体)か、画廊やオークションに関わるプロフィット(営利団体)のどちらかを選ぶようになっている。
高根さんは、後者のプロフィットを選択し、アートビジネスのあらゆる基礎から実践を視野に入れた専門知識を学んでいったとのこと。
「アートにまつわること以外にも、ビジネス全般について広く知識を身につけることができました。例えば、スターバックスがなぜ世界企業になったのかなど、経営やビジネスモデルも授業で扱っていたんですね。また、画廊として事業を成立させるためのビジネスプランを細かく作る実践的なことも勉強しました。
作品をいくらで売って、光熱費などの諸経費はいくらかかるのか、何年スパンで取り組めばブレイクイーブン(損益分岐点)を超え、黒字化するのかといったように、経営者の視点でアートビジネスを捉える考え方も大学院時代に学びましたね」
大学院を卒業すると、国際交流基金のニューヨーク支部に就職し、非営利団体への助成制度に関する仕事に従事。その後はフリーランスとしてギャラリーのスタッフやキュレーション、アーティストマネジメントを手がけていた。
日本に帰国後は、セゾンアートギャラリーのアートディレクターに就任し、着実にアートビジネスのキャリアを築いていく。
Googleでの経験はアートフェア開催にも生かされている
そんななか、2018年には知人の誘いからGoogleのアートプロジェクト「Google Arts & Culture」でプロジェクトマネージャーを務める機会に恵まれる。
「今までずっとアートコミュニティにいたので、GoogleのようなIT企業は新鮮だった」
そう語る高根さんは、Google Arts & Cultureで4年間働いたなかで感じたこと、学んだことを次のように話す。
「ニューヨークに13年ほど住んでいたんですが、Googleの職場環境はバイリンガルでしたので、居心地はとても良かったですね。Google Arts & Cultureは世界中の美術館や文化遺産をオンラインで鑑賞できる非営利サービスです。
実際の美術館のストリートビューを360度カメラで撮影し、没入体験を得られるもので、私は主に撮影チームとのやりとりや企画のディレクションなどを行いました。また、日本の漫画の歴史や食文化の物語などをコンテンツ化、日本の魅力を発信することにも注力していました」
一からコンテンツを考え、プラットフォームを作り、人をコネクションしていく楽しさ。
高根さん自身、インフラづくりに携わることが好きで、Google Arts & Cultureの経験は、今現在関わっているアートフェア(ギャラリーが出展し、アート作品の売買や新たな作家との出会いを創出する催し物)にも生かされているという。
「何がしたいか」を決め、自分の中で判断軸を持つこと
高根さんは「『自分は何がしたいのか』を決めることが大事」だと説明する。
「現代アートには答えがなく、観る人に対して質問や問いを投げかけているのが大きな特徴です。例えば、マルセル・デュシャンは、現代アートという概念を生み出したアーティストですが、彼の『泉』という作品は見方によってはただの便器にしか見えない。でもそこに、彼の思想や概念が宿り、作品として昇華された結果として評価されているわけです。
要は現代アートについて自分の中での判断基準や価値観を持ち、インスピレーションの源泉のひとつとして捉えることです。なぜこの作品は好きなのか。反対に、あの作品はどうして嫌いなのかを自分の中で説明できるようにしておくといいのではないでしょうか」
一方、アートを「観る」だけでなく「買う」ところまで体験する人がまだまだ少ない。
「衝撃を受けた作品を購入し、自分の部屋に飾れば、特別な雰囲気を味わうことができます。実際にアートを所有すると、アートへの思いや感じ方が変わってくるでしょう」
アート思考を身につけようと考えた際に、どうしても「アートなんて自分の身の丈に合わない」、「美的センスがないのでアートの良さがわからない」といった思いから、最初の一歩を踏み出せずに立ち止まってしまうこともあるだろう。
このような場合、「作品を全部覚えようとしない」のを、前提知識として抑えておくのが良いそうだ。
「作品を色々と観てみて、どれが一番好きなのかをまずは決めてみること。美的センスとかはいらないので、自分の感性と向き合い、心動かされるものを探し出していく。このとき、『好き』な作品と『嫌い』な作品を見つけるのがおすすめです。脳に訴えかけるものがあるということは、そのアートには琴線に触れる“何か”があると言えます。デザインには答えがありますが、アートには答えがないので、自分ならではの価値観を構築していき、判断軸を作ることが肝になってきます」
加えて、高根さんはアートの醍醐味について「ゴールがないところ」だと述べる。
「アートが面白いのは終わりがないことなんですよ。見ればみるほど、価値観が研ぎ澄まされるというか。アートに長年携わっていますが、年齢によって、好きな作品が変わるんです。もちろん、将来性のあるアーティストを見抜く目利きみたいなものは、経験に基づく“勘”はあると思いますけど、いつも新しい発見があるのがアートなんです」
現代アートは“社会の縮図”
世界水準の国際アートフェアとして、2023年7月7日から9日にかけて行われた「Tokyo Gendai」だ。世界中から、現代のアートシーンを代表する国内外73のギャラリーが一堂に集結し、多くの来場者で賑わった。
「この規模の国際アートフェアを日本で数十年ぶりに開催できたのは、アートシーンにとって大きな前進となりました。これからも毎年継続して国際アートフェアを手がけ、エコシステムを作っていきたいと考えています。現代アートの良いところは、国や性別、言語などさまざまなバックグラウンドを超えた人との繋がりが生まれ、フラットにディスカッションできること。まさに、現代アートは“社会の縮図”だと言っても過言ではないと思うんです。ぜひ、現代アートの楽しさ、奥の深さに触れてみていただければ幸いです」
まずは自分の興味の赴くままに、アート作品を鑑賞し、感性に訴えかけるものから深掘りしていく。こうすることで、自然とアートから伝わってくるメッセージ性や世界観の一端に触れられるのではないだろうか。
<取材・文・撮影/古田島大介>
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