ウィル・スミス“ビンタ事件”で浮き彫りになった「日米での温度差」と「偏った正義感」
2022年3月28日に開催された第94回アカデミー賞授賞式。前年はコロナウイルスのパンデミックによって会場も分散した結果、全体的に地味な印象となり、視聴率も過去最低を記録してしまった。しかし、今回は会場をドルビー・シアターに戻し、3年ぶりに司会者も復活した。
長編ドキュメンタリー部門のプレゼンターとして登壇したクリス・ロックは、かつてブッシュ政権を徹底的に批判したジョークや、芸能人に対する風刺ネタといった、ブラックジョークを得意としていることでも有名。映画俳優やプロデーサーとしても知られている一方で、彼の波乱万丈な生い立ちは『Everybody Hates Chris』というドラマ化もされているほどだ。そんな彼のことを俳優のウィル・スミスがビンタした“事件”は、大きな話題となったためご存じの人も多いだろう。
さて、日本においては、ウィル・スミス擁護派が大半を占めているが、実はアメリカはそうでもない。本記事では、なぜ両国の間で温度差が存在しているのかを、年間に1100本の作品を鑑賞する映画ライターの筆者(@MovieBuffys)が解説したい。
脱毛症のことを知っていたかは定かではないが…
アカデミー賞の授賞式に限らず、エンタメ系の受賞式には、コメディアンが抜擢されることは珍しくなく、その中には、ド下ネタを連発したり、痛烈な政治風刺を行う者など様々。クリスにとっては、言ってみれば本調子といったところ。
会場にいたデンゼル・ワシントンやハビエル・バルデムなどをネタにしながら、ウィル・スミスの妻、ジェイダ・ピンケット・スミスの髪型が丸坊主であったことを見て、「『G.I.ジェーン2』で待ってるよ」といったニュアンスのジョークをとばした。
ジェイダは2018年に脱毛症であることを公表していたものの、クリスがこれについて知っていたのか定かではない。また言葉のニュアンスからは、皮肉には違いないが、「デミ・ムーアみたいでカッコイイね」という意味で言ったように感じられる(『G.I.ジェーン』はデミ・ムーア演じる丸刈りの女性兵士が過酷なサバイバル訓練に挑む映画、1997年作)。
妻を想っての行動だとしても暴力には違いない
近年、ティファニー・ハデッシュやカーシー・クレモンズ、歌手のホールジーなど坊主にする女優やアーティストやモデルなどが多く、ジェイダの場合もファッションとして行っていると思ったのかもしれない。
それを聞いて、最初は笑っていたウィルだったが、ジェイダの険しい顔を見て、いてもたってもいられなくなったのか、ステージに上がり、クリスをビンタした……というのが一連の流れである。ここで問題になっているのが、あくまで妻を想っての行動だとしても暴力には違いないということだ。
脱毛症と知らなかったとしても、結果的に相手を傷つけてしまったクリスにも否があるものの、手を出してしまったことは、最大の過ちである。