上司の「君は何がやりたいの?」にどう答えるべき?野心がなくてもいい理由
目的を持つことが目的になってはいけない
ダースレイダー:目的を持つことが目的になっちゃったら、もうよくわかんないよね。やりたいことを探さなきゃいけないって、すごく不思議な話で。やりたいことがあって、その道筋を探すのはわかるんだけど、何かを無くしてないか探すみたいな、探し物を探すみたいな、探し物をしてないかどうか探すとか……。
もうこれって無限に続いていくだけだから、そのループにはまっちゃったら、もうずっと答えが出ない。野心っていうのも、何かを見つけたときにそれに向かっていくエネルギーが野心なんであって、何もないのに野心を持つっていうのは、どこに向かって行くかもわからないのに走り出せってことで、それってバカじゃないのって話だからね。
だから、そんな質問とか、それに伴う説教なんてものは、馬耳東風という言葉があるように、馬の耳になって、ひたすら風のごとく受け流していくっていうのに限ると思いますね。その時間が苦痛だったら、イヤホン入れちゃって音楽聞いてるとかね(笑)。
“幸せな家庭を築きたい”なんて、立派じゃないですか
ダースレイダー:質問者さんが考えてるような、幸せな家庭を築ければそれでいいとか、結婚したいとか、立派じゃないですか。「その幸せな家庭の“幸せ”ってどういうことだろう」とか、考えていくことを目標にすれば、それは心理学者とかが一生掛かっても答えが見つけられない“幸福とは何か”っていうテーマにつながっていくわけですから。
それが目標になっていくかもしれないしね。目標になりうるものなんて、どこにでも転がっているものだし、でも転がってるものを探すために頑張るっていうのは、やっぱり本末転倒だと思うんで。
なんか、空虚だな、空っぽだなって思っても、今の時代、NetflixやYouTubeもあるし、本もネットで手に入るし、こんだけいろんな情報が転がってるんだから、絶対何かあるはずなんですよ。焦ってこれだって決めちゃわなくても、ウロウロしてれば、いずれどこかでぶつかりますよ。