オスカー俳優が映画化を熱望。社会のタブーに挑戦した漫画家の実話とは
現場で、ファッションで口論した2人とは!?
――監督は、AAミーティングに通うメンバーのひとりに、米人気バンド、ソニック・ユースのキム・ゴードン、デクスター役にバンド活動をしているジャック・ブラックを起用しています。ドニー役のジョナ・ヒルもミュージックビデオの監督をしていますし、ヴァン・サント監督自身もミュージシャンです。撮影現場は音楽の話で盛り上がったのでは?
ヴァン・サント監督:いや、全然なかったですね、それよりもファッション談義に花を咲かせていました(笑)。
プレミア上映の日、ジョナが、キムに「今、ストリートファッションが、音楽シーンやハイブランドにスゴい影響を与えている」と話していたんです。カニエ・ウェストがルイ・ヴィトンとコラボしたり、彼のアート・ディレクターだったヴァージル・アブローがヴィトンのメンズアーティスティック・ディレクターに就任したりとか、そういった話をね。
すると、キムが「ストリートファッションがハイブランドに影響していることは今に始まったことじゃないと思う。シュプリームなんて80年代からあったし、私は実際にシュプリームのお店の上に住んでいたのよ。ストリートファッションの影響は昔からあったし、これからも永遠に続くはず」と反論したんです。でも、ジョナは「いやいや、今のストリートファッションは違うんだって。どんどん変わっているし、ポップカルチャーのすべてに影響を与えているんだよ」と食い下がったんですが、キムはどうしても自説を曲げなかった。
そして、彼女が歩み去った後、ジョナは、私に「彼女の言ってることは間違っている。本当に今のストリートファッションはスゴいんだから!」ってコソっと囁いたんです(笑)。私にはどっちが正しいかわからないんだけど……(笑)。
リアリティを出すために役者に即興させる
――AAミーティングはアルコール依存症患者が自分自身について話し、皆とシェアする禁酒会ですよね。とてもおもしろい話がたくさんありましたが、即興のシーンもあったとか。
ヴァン・サント監督:あのなかで、2、3人の役者はきちんと決められたセリフがありましたが、キム・ゴードンとベス・ディットーの役にはあえてセリフを作っていませんでした。彼女たちには自分たちで考えるように伝えていたんですね。撮影当日、キムは自分が作った物語を披露し、ベスは彼女の叔母さんとお母さんからインスピレーションを受けた物語を話しました。あの“胸の形をした岩”の話がそうですよ。
――ベスの話は本当にユニークでした! 役者にはよく即興をさせるのですか?
ヴァン・サント監督:できるときは、そう仕向けていますね。そのほうがより“リアル”になるから。あとは、私にセリフを考える時間がないときだとか(笑)。ジョンが自分の過去と向き合い、迷惑をかけた人に会いに行って謝るシーンがありますよね。ケースワーカー、アートの先生、ジョンに怪我を負わせたデクスター……彼らに謝罪するシーンはすべてホアキンの即興演技です。アートの先生に謝るシーンは本当はモンタージュで見せて、セリフを観客に聞かせる予定ではなかったんですが、会話がとてもよかったので使うことにしました。
ニューヨーク・タイムズに右へ倣えするメディア
――ジョン・キャラハンは読者の反応を非常に気にする人でしたが、監督は観客や映画批評家の反応を気にしたりするのですか? 80年代から独自のスタイルを貫いていらっしゃるように見えますが。
ヴァン・サント監督:映画批評家が私自身にというよりは、観客やほかの批評家に影響を与えていることは確実ですね。特に、ニューヨーク・タイムズの映画批評をマネする新聞が多いんです(笑)。だから、作品がニューヨーク・タイムズで悪い批評をされてしまうと他のメディアも右へ倣えしてしまう……。
しかし、もう作ってしまった映画を変えることはできないし、映画作りは毎回新しい体験です。悪い批評は心のどこかに残っているでしょうが、私の作品作りに影響を与えているとは思いません。
<TEXT/此花さくや>