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「山一證券」はなぜ破産し、殺人事件まで起きたのか?――平成の企業スキャンダル史

ビジネス

山一破綻。その反響は……

 これにより山一證券は1300億円を超える多大な含み損を負うことになりました。

 この損失を補填するため、山一證券は「飛ばし(※含み損が生じた資産を市場価格よりも高値で第三者に転売することによって損失を隠すこと)」と呼ばれる損失隠しなどでしのいでいきました。

 しかし、ついには不正な会計処理を行い、虚偽の財務諸表を作成する「粉飾決算」という違法行為に手を染めてしまい、1997年11月24日には自主廃業を踏まえた営業停止を選択しました。

しんがり

『しんがり 山一證券最後の12人』(清武英利・講談社)

 同日に行われた記者会見では、当時就任3か月目の社長・野澤正平氏が立ち上がって、「私ら(経営陣)が悪いんです。社員は悪くありません!」と号泣。大々的に報道され、大きな話題を呼びました。

 こののち、日本銀行からは顧客保護という名目で、無担保の「日銀特融」という特別融資が行われ、以降自主廃業への道を進んでいきましたが、それも途中で断念し、結局は自己破産。事後処理は2005年までの長い期間に及びました。

 1997年には山一證券の顧客相談室長が何者かによって殺害され、さらにその2か月後、山一證券に取引で大損をさせられた男性が恨みを抱き、山一證券の代理人弁護士の妻を殺害するという、痛ましい事件が立て続けに起こったことも、この事件の影響の大きさを物語っているのかもしれません。

 バブルという空前のお祭り騒ぎ――。「金融」というとらえどころのない妖怪がはじけるときには、この山一證券のような形ある悲劇が連鎖されました。

 これは平成の浮き沈みを象徴するような事件のひとつであることは間違いないでしょう。

<TEXT/串守シャモ>

なんでも屋さんのライター。ビジネス系の記事から、音楽・アニメ・マンガなどについて幅広く執筆しています。都内の焼き鳥屋によく出没。

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