軍事政権下のソウルで若者は何を変えたのか?注目の韓国映画
特筆すべきは事実上の主人公であるところの実在の人物・パク所長を演じたキム・ユンソク。額の生え際を上げ、特殊メイクで口角まで変えたというその容貌は、当時の写真そのもので驚かされます。
脱北者というハンディキャップを抱えながら「共産主義者」検挙に血道を上げる彼が終盤近くにかつてのトラウマを吐露するシーンは圧巻の一言。
無責任な「中立」ではない、本作の意図とは?
自らの部下が不当逮捕され、尻尾切りの目標になろうとすると、猛然と留置所に押し入り、暴力で取り返そうとする侠気のある人物として描かれているパク所長からも解るとおり、この映画は単純に善悪で色分けされている訳ではありません。
もちろん無責任な「中立」ではなく、独裁政権に抗った人々を称揚することが明確な目的ですが、その手触りは社会的コレクトネスに基調を置く、昨今の欧米映画ともまた違う印象を受けます。
かつて日本映画界には山本薩夫という左翼映画の巨匠がいました。『戦争と人間』『華麗なる一族』といった代表作がありますが、自らの信条を作品内で明確に打ち出しながら軍人・資本家といった悪漢に関しても血の通った人間として、時には左派活動家以上に魅力的に描くことでイデオロギーを越えて圧倒的な支持を得ました。
本作もそんなかつての日本映画界が持っていた大人の余裕を感じさせます。
国を変えるのは「革命家」ではない
上映記念のトークイベントゲストとして登壇した阪本順治監督は「韓国の過去の例が、現代の日本にもじわじわとやって来ているのかなとも思います」と述べました。確かに社会的不公正・政治的不正がはびこり、公的記録すら易々と改ざんされてしまうような状況は、まさしくこの作品で描かれた1980年代末の韓国そのものと言えます。
しかし韓国はその状態を脱し、1年後にはオリンピックまで成し遂げました。本作を観れば解るとおり、それは特別なリーダーシップを持つ人間によって成し遂げられたものではありません。
劇中で亡くなる2人の学生にしても反体制の象徴として祭り上げられこそしますが、革命家というわけではありません。各々の人間が各々の持ち場で、その良心を発揮することが最終的に国を揺るがすことを本作は何よりも訴えかけているのです。
政治不信という言葉が色あせてしまうほど次々と問題が発覚し、周囲の目を気にして声を上げることすらためらわれるような現代日本。本作はとかくシニカルに陥りがちな気分を吹き飛ばすような、熱い魅力に満ちあふれています。ぜひその目で、劇場で確かめてください。
<TEXT/べら氏>
【公開情報】
『1987、ある闘いの真実』は9月8日よりシネマート新宿ほか全国公開