渋谷で人気の26歳八百屋さんが明かす、壮絶なスタート「自分で自分を過労死」
ファンが増え、ファンに支えられて成長
それにしてもこのとき、なぜこんなにも無理をしたのかというと、店を回していく仕組みやノウハウを、僕らが確立できていないうちに人を雇ったところで、ラクになるどころかバラバラになってしまうのでは、という危惧があったからです。固定店舗が地域に根付くために大切なことは、やっぱりお客さんに店のファンになってもらうこと。
まずは自分自身がお客さんに直接想いを伝えて「菜根たん」の魅力に気づいていただくこと。そのうえで、アルバイトの人にはなぜこの店ができたのか、といったことを理解してもらい、それをお客さんに伝えられるようにならなければ店は持続していかない、と思ったのですね。
だからこそ、“マジでヤバい”状態だったのですが、2人態勢はしばらく続けたのです。その後、自分でも少し納得できるような状態になったので、アルバイトの人に週2日ペースで立ってもらうスタイルに徐々にシフトしていきました。この時期を乗り越えたことはその後も妙な自信になっています。同時に、無理をすることのリスクも肝に銘じました。
緊急事態宣言で明らかになったこと
実は最初にアルバイトで雇った人は、それまでお店に来てくれていたお客さん、つまり「菜根たん」のファンになってくれた人でした。ちょっと変わった八百屋だったので、「こんなお店で働きたい」と申し出てくれたのです。ちょうど2020年4月の、緊急事態宣言が出る直前でした。
3月から4月にかけては、僕らの努力が実り、「菜根たん」のファンが増え、ファンに支えられ、徐々に手ごたえをつかんでいった時期です。プロローグで触れたように緊急事態宣言後はネット販売の発送業務などで大忙しとなりました。でも、もう飯島と2人きりではなかった。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で仕事が減ったり、休まざるを得なくなったなじみのお客さんが「手伝っていい?」とバイトしにきてくれたり、僕の髪を切ってくれていた美容師さんや予備校が休校になって収入の減った先生、撮影の仕事がストップした俳優の友人も手伝ってくれたり。忙しくなった時期をたくさんの人に支えてもらいました。