日本一安い「ロードサイド電気街」が生まれた3つの理由。北関東YKK戦争の激戦地にも
つくばを家電の激戦地帯へと変えた「YKK戦争」
つくばに電気街が生まれた2つめの要因として挙げられるのが、「茨城県が『北関東YKK戦争』の激戦地となったこと」だ。
全国で郊外型家電量販店の出店競争が激化するのは1990年代後半ごろであるが、北関東では早くも1980年代後半から北関東に本社を置く「ヤマダ電機」(現・ヤマダホールディングス、本社:群馬県前橋市→高崎市)、「小島電機」(現・コジマ、本社:栃木県宇都宮市)、「カトーデンキ販売」(現・ケーズホールディングス、本社:茨城県水戸市)の3社が激しい出店競争と安売り合戦を展開し、その様子は「北関東YKK戦争」と呼ばれていた。
そして当時北関東の新興都市として急成長していたつくば市周辺の茨城県南地域も、早い時期からこの北関東YKK戦争の「激戦地」となった。
安売り競争がさらなる集客力を生んだ
先述したように、つくば市内でも秋葉原系の家電量販店に続いて、1990年に入ると北関東の家電量販店が出店を開始。つくば電気街にはコジマが出店したほか、つくば電気街から2~3キロメートルの場所にはヤマダ電機やカトーデンキ(のちケーズデンキ)が出店、「YKK」3社による競争が始まった。
「北関東随一の電気街」であったつくば電気街でも、この「北関東YKK戦争」の激化に巻き込まれるかたちで、より一層の「安売り競争」が繰り広げられ、そしてそれがさらなる集客力を生むこととなった。