尼神インター渚、37歳で映画初主演。苦しかった時期を救ってくれた“先輩芸人の言葉”
できないことは捨てて、得意分野を伸ばす
――東京への進出や今回の俳優業のように、いままで新しいことにたくさん挑戦されてきたと思いますが、新しいことを始める際に意識していることはありますか?
渚:繰り返しにはなりますが、「つねに自分らしくいること」ですね。観ていただいたらわかると思いますが、映画でもドラマでも、私だけ役になっていなくて、私のままなんです(笑)。でも、何をするにも嘘はつきたくないので、これからもずっと渚らしくいたいと思っています。
別に頑固というわけではなくて、それしかできないからなんですけどね。私だって、演技ができたらやりたいですよ(笑)。でも、それができないのであれば、それを捨てて、得意分野を伸ばすことに力を注ごうと考えています。
――そんななかで、いまご自身のモチベーションとなっているものといえば?
渚:仕事をがんばってお金をいただいたら、休みを取って遊びに行くことです。本作の撮影で行った玉野市にはプライベートでも遊びに行ったほど好きになりました。仕事でお世話になった場所だと、地元の方もまた呼んでくださるかもしれないので、仕事のときも遊びに行くことばっかり考えています(笑)。
“尖り”が通用するのは若い時だけ
――本作のキャッチコピーに、「心の中の打鐘(ジャン)を鳴らせ!」とありますが、渚さんのなかで打鐘が鳴る瞬間はどんなときでしょうか。
渚:私は仕事が終わって、やりきったときに鳴りますね。たとえば、今日みたいな取材日は、取材が終わるたびに鳴っているかなと。というのも、私はなるべくすべての取材で違う話をしたいと思っているので、それが出来て言いたいことがちゃんと言えたら良しとしています。なので、今日もすでに打鐘は鳴りました(笑)。
――それでは最後に、20代の読者へ向けて、ご自身の経験を踏まえたうえでのアドバイスがあればお願いします。
渚:私は自分になくてしんどいなと思っていたのは、知識です。知らないから無敵ではなくて、知らないからこそ怖いなと感じることがあるので、やっぱり知識は大事だと思います。いまの仕事には必要ないから勉強しないのではなく、いつか役に立つことがあるので、「知識は身に付けたほうがいいですよ」とは言いたいですね。
あとは、コミュニケーション能力。コミュニケーションがちゃんと取れるだけで、お仕事をいただけることもありますから。どれだけアホでも(笑)。若いときは尖ってしまう人も多いかもしれないですが、それが通用するのは若いときだけなので、人と会話する力は磨いたほうがいいと思います。
<取材・文/志村昌美 撮影/市村円香>
【渚】
1984年、兵庫県生まれ。吉本興業所属。2007年、相方の誠子とお笑いコンビ「尼神インター」を結成。養成所に入所する以前に大工の経験がある。芸人として活動する傍ら、『僕とシッポと神楽坂』(テレビ朝日系列)で俳優デビュー
Twitter:@NAGISAtairiku
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