バイデン政権が正式発足へ。「ASEANの中国化」が懸念される理由
米中対立がASEANの一体性を阻害?
ASEANは本来、政治的に地域的な一体性を造り出すことが大きな目的なはずだが、ベトナムやフィリピン、インドネシアやマレーシアは南シナ海の問題もあり中国を警戒しており、米中対立の構図はASEANの一体性を阻害している状況だ。
そして、人権問題を重視する姿勢のバイデン政権になると、米中対立を巡るASEAN内部の状況がさらに悪化する恐れがある。現在、多くのASEAN諸国とバイデン政権の政治的価値観は一致する状況にない。
ミャンマーは少数民族ロヒンギャの人権弾圧について沈黙を守り続け、カンボジアではフンセン政権が野党を解党したり、政権批判のNGOやメディアを弾圧するなどして事実上の独裁体制となっている。
また、フィリピンのドゥテルテ政権は治安部隊へ権限を強化する反テロ法を今年成立させ、国内では政権批判の市民の逮捕が増加。ベトナムも基本的には共産党一党独裁である。
さらに、タイではプラユット政権や王政を批判する市民の激しい抗議デモが続いているが、市民への人権侵害も大きな問題になっており、タイの民主主義は脆弱さが露わになってきているように感じられる。
ASEANの中国化が進む可能性が
昨年の夏、国連人権理事会では中国の香港国家安全維持法に関する審議が実施され、カンボジアとミャンマー、ラオスはそれを支持する立場に回った。2019年に同理事会ではウイグル問題についての審議が実施されたが、カンボジアとミャンマー、ラオスに加えフィリピンがそれを支持した。
こういった各国の人権状況はバイデン政権の価値観に合うものではない。とはいえ仮にバイデン政権が各国の人権問題を追及したとしたら、米国とASEANとの間には亀裂や摩擦が生じる。そして、中国がそういった政治的隙を突いてASEANへの梃入れをさらに強化し、ASEANの中国化が進む恐れがある。
バイデン氏は、対中国では基本的にトランプ政権同様に厳しい姿勢で臨むと明言しているが、ASEANへの対応では自らの価値観と現実との間でバランスをとった政策を実行することが望まれる。
<TEXT/国際政治学者 イエール佐藤>