神奈川の港町で、若い夫婦が営む小さな出版社ができるまで
――シンゴさんが美容文藝誌『髪とアタシ』を、かよこさんが社会文芸誌『たたみかた』の編集長を務めていますよね。それぞれ雑誌作りで意識しているのはどんなところでしょうか。
シンゴ:美容専門誌に関わっていたこともあって、従来の美容雑誌とは違ったアプロ―チで雑誌を作りたかったんですよ。
当時は、ずっとファッションやデザイン、トレンドを追いかけていていました。そこから時代も少しずつ変わり、東日本大震災のこともあってローカルやコミュニティ、ソーシャルといったものに意識がシフトしていく頃でした。今まで世に出ていない美容師さんを紹介するインタビュー本とかをやったら面白いじゃないかなって思いました。
『髪とアタシ』と言っているように、その人(美容師)自身が一番大事なんですよね。今までの美容雑誌だと美容師自体がフィーチャーされることがあまりなかった。内容は美容師さんの生き方や働き方に焦点を当てていて、写真もその人を強く表現しているものを選ぶようにしています。
――かよこさんの『たたみかた』はどんなことを意識していますか?
かよこ:雑誌ってよっぽどの必然性がないと、雑誌の隅々、イチから最後まで読んでもらえない。よっぽどの活字中毒じゃない限り、文字を読む行為は苦しい作業だと思うんです。一般的な文芸誌は活字が好きな人向けに作られてるものだから、文字を読むことは苦しい作業という前提で作られていないのかなって。
この雑誌では、写真やイラストをとにかく多くして「これくらいの文章なら、なんとか読みきれるはず」と、見開きごとに視覚的なバランスには気をつけています。
ふんだんに写真を使うことで、取材対象者の佇まいや息遣いを感じ取れるように意識してます。まるでその人と直接対面している気持ちにさせたり、話者の言葉に信頼が持てるようにお膳立てするのも制作における仕事のひとつだと思うんです。
メディアを通して変わる世界の見え方
――誌面の中にその人自身が立ち現れるような工夫という点で、両誌は共通しているということですね。社名の由来や思い入れをお聞かせください。
シンゴ:「私ひとりで世界は変わらないけれど、アタシがどう見るかで世界は変わるかもしれない」という理念がありますけど、これを具体的に言ってきたのは、かよこでした。
僕、個人だと少し前にカリスマ美容師というのが流行っていた時期がありましたよね、それは経済効果もあり、美容学校も増え、美容師自身が注目されました。一方で、当時のイメージを引きずって「チャラい」だとかそういうレッテルがいまだにあります。雑誌では、そういうイメージを払拭したいですし、全然違った美容師像を提示したいと思っています。
――その思いのきっかけは何だったのでしょうか?
シンゴ:美容業界に対する怒りとか不満も20代のときからずっとあります。美容師としてやっていても業界の労働環境が良くなることはないし、実際にヒドい目にも遭いました。将来独立して美容院を経営したとしても、業界自体が劇的に変化することは考えづらかったのです。
でもメディアであれば、何千部とか何万部という影響力のある美容雑誌を出せたら業界を少し変えられるかも知れない。髪の毛の奥深さとか、美容師という仕事の面白さを伝えていけば、読者ひとりひとりの考え方が変わって世界が変わるかも知れない。雑誌を作ったモチベーションは、業界に対するアンチテーゼが大きいですね。