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中国の経済的圧力の影響がくら寿司のメニューにも「国産肉厚ほたて」から学ぶ日中の関係

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くら寿司の〈国産肉厚ほたて〉をもう食べただろうか?「日本の漁業を応援」キャンペーンとして9月22日(金)からくら寿司が全国販売を開始し1カ月近くが経過した(※予定数に達し次第、販売終了)。

おいしい国産ホタテを食べられるのだから腹ペコの若者は難しく考えず、シャリを覆い隠すほどの大きなホタテを満喫すればいいのかもしれない。

しかし「日本の漁業を応援」とはどういった意味なのか。実は、すごく遠く感じる国際政治・経済を、身近な暮らしの中で体感できる方法は幾つもある。くら寿司の〈国産肉厚ほたて〉もその1つだ。

そこで今回は、清和大学講師、および一般社団法人カウンターインテリジェンス協会理事であり、中国事情に詳しい和田大樹が、ホタテから見える日中の国際政治・経済について解説してくれた(以下、和田大樹の寄稿)。

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突然の輸入停止

先の8月に福島で海洋放出された「処理水」問題を受けて、中国による日本産水産物が全面輸入停止となった。日本の水産業界や観光業界の間では動揺が走っている。

北海道や東北にある水産加工会社などでは、売り上げの半分以上を中国への輸出に依存してきた会社もある。突然の輸入停止によって今後、経営が圧迫されると嘆く声も聞かれる。

中国政府としても、日本産水産物の全面輸入停止という大きな決断を下した以上、すぐに輸入再開はできない。

「政府は弱気だ」「国民の安全と命を守るのではなかったのか」などと国民の不満が一気に強まる恐れがある。

全面輸入停止はそもそも“国民の不満のガス抜き”のために決定したと考えられる。そうなれば当然、今回の措置はしばらく続く可能性が高い。

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日本産海産物がもっと食べやすくなるかも

こういった情勢の中で、われわれの日常生活にどんな影響が出てくるのだろうか。

例えば、今回の日本産海産物の全面輸入停止によって、もっと海産物を食べようという動きが国内の外食産業などで生まれた。日本政府による国内水産事業者の支援も発表されている。

国内向けの日本産海産物の流通量が増えれば、中国輸出に依存するホタテなどの値段が下がり、国内でもっと食べやすくなるかもしれないと、中国による日本産水産物の全面輸入停止に関するニュースを聞いて筆者は直感した。

現に「日本の漁業を応援」キャンペーンとして〈国産肉厚ほたて〉をくら寿司が全国販売を9月22日(金)に開始した。

“昨今の価格上昇により、販売できる機会も少なくなってきていた”(くら寿司のホームページより引用)

ホタテが、日本産のホタテを使って出せるようになったのだ。

中国に輸出される他の品目でも同様の事態が起こる可能性は当然ある。国内での値段が、他の品目でも下がるケースあり得よう。

反対に日本は、医薬品や通信機器、半導体などの電子部品などで中国依存が強い。

仮に今後、輸入のみならず輸出でも中国から規制を受けると、製造品の値段が上がったり、在庫が少なくなったりするなどの影響が、日常的に出てくる可能性がある。

問題が生じれば経済的威圧を仕掛けられる時代に

では、今後の日中ビジネスはどうなっていくのか。

まず、今回の出来事(日本産水産物の全面輸入停止)によって日本企業の中国撤退に拍車が掛かるわけではないだろう。

日本にとって中国は、最大の貿易相手国である。「14億人の巨大市場」である中国との貿易関係は今後も続く。多くのコストや労力が撤退自体に必要となる。「リスクがあるからすぐに撤退しよう」は企業にとって、現実的選択肢になりにくい。

過去にも、小泉元首相の靖国神社参拝、尖閣諸島での中国漁船衝突事件、日本政府による尖閣諸島の国有化宣言などに端を発し、不買運動が中国で仕掛けられた。

尖閣国有化の際は、現地にある日本企業の工場やオフィス、販売店が破壊や略奪の対象となった。

しかし、日本企業の撤退に拍車が掛かったわけではない。今回の出来事でも同じ展開が予想される。

とはいえ、昔の中国と今の中国は、経済規模や国家としてのプライドや自信が大きく異なる。諸外国との間で何か問題が生じれば、経済的威圧を即座に仕掛けられる状況となった。

台湾やオーストラリアは、パイナップルやワイン、牛肉など特産品の対中輸出を突如制限された。今回の日本産水産物の全面輸入停止も経済的威圧の1つだろう。

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一国集中の回避と貿易相手国の多角化

今後の日中関係の行方を考えれば、中国からの経済的威圧が日本に対して仕掛けられる高い蓋然(がいぜん)性(確率の度合い)がある。

その意味で今日、日本企業には、一国集中の回避と貿易相手国の多角化が求められている。

現に、今回の件で、水産業者の間では中国への依存を下げ、欧米やASEAN(東南アジア諸国連合)、インドなどへの輸出を強化しようとする動きも見られる。また、日本国内での消費を強化しようとする動きもある。

一国集中は、場合によって、瞬時に経営を圧迫させるリスクがある。今後は、どの業種・分野が貿易摩擦の対象となるかは分からない。

中国へ進出する(中国との貿易に依存している)企業で働く若いビジネスパーソンとしては、日本の水産業者を応援する外食産業のお店で積極的にランチを食べつつ、一国集中の回避と貿易相手国の多角化を、自分の所属する会社がどのように今後進めていくか、注目していく姿勢が重要となろう。

[文/和田大樹]

[参考]
くら寿司が国産ホタテネタ化 外食・小売で消費支援広がる – みなと新聞
くら寿司、にぎりに国産ホタテ 中国禁輸で消費支援 – 日本経済新聞
独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)に「水産品等食品輸出支援にかかる緊急対策本部」を設置します – 経済産業省

専門分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事するかたわら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。特に、国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行う。テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室、防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。多くのメディアで解説、出演、執筆を行う。
詳しい研究プロフィールは以下、https://researchmap.jp/daiju0415

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