特殊清掃員の「孤独死現場」作業現場に密着。開かずの風呂、大量の本、アダルト系も
年間3万人と推計されている孤独死。ひとり暮らしでひっそりと“死”を迎える人たちの実態はいまだ全容を把握しきれないままである。
しかし、衣食住といった本来、人間が当たり前に行っている生活習慣にすら無関心になる「セルフ・ネグレクト」の問題も取り沙汰される現代においては、けっして他人事ではない。
東京都大田区を拠点に特殊清掃・遺品整理を手がけるブルークリーン株式会社の現場責任者・鈴木亮太さん。前回のインタビュー記事では、鈴木さんに特殊清掃人になった経緯を聞いたが、今回は実際の仕事の様子を案内していただき、ある孤独死の現場へ立ち会った。
目次
現場は住宅街にある木造2階建てアパート
朝早くから激しい雨が降り続いていたこの日。筆者と編集者は、都内某所にある木造2階建てのアパートへ向かった。周辺は閑静な住宅街で、線路を走る電車の音が響いているのみ。
孤独死を迎え放置された遺体は独特な匂いを放ち、ときには「室外に漏れ出すこともあります」と鈴木さんは解説してくれたが、隣家が密集していながら、気づかないものかと率直な感想をおぼえた。
現場へ立ち会う直前、鈴木さんから防毒マスクと、衣服を覆うために厚手のレインコートのようなスーツを手渡された。防毒マスクは、顔面にピッタリと密着するような作りになっていて、遺体の放つ匂いをシャットアウトするのはもちろん、感染症を防ぐ役割もある。
実際に着用すると、身体が蒸れるのが分かる。この日はまだ涼しかったが、梅雨の時期から夏にかけては体力もそうとう奪われるのは想像にたやすい。鈴木さんは「匂いが外に漏れ出すのを防ぐため、換気もできません。夏場の作業はとりわけ過酷で、30分に1度の水分補給は必須です」と話してくれた。
独特な“死臭”に包まれた部屋で作業を始める
玄関を開けてすぐ、足元には住人が履いていたと思われる靴が散乱し、室内に入らずとも“荒れている”というのが伝わってきた。鈴木さんによれば、この部屋で亡くなったのは68歳の男性。1Kで風呂・トイレ付きの部屋だが、かつての住人はどのような生活をしていたのだろうかと、自然に思いを巡らせてしまう。
鈴木さんのもとへ、大家から相談があったのは現場へ立ち会った約2週間前だった。そこからさかのぼること1か月半前。3か月にわたりかつての住人が滞納していた家賃を大家が回収しにいっても返答がなく、警察へ相談したところ孤独死が発覚。
鈴木さんは「私たちが遺体を見る機会はほぼありません」と解説してくれたが、残された体液の場所から推定することは可能で、この部屋の場合、玄関を入ってすぐ、キッチンの前だった。
「故人の写真を見つけたらそっとよけます」
およそ廊下とも呼べないほどにモノが散乱していた通路を抜けた奥の部屋で、かつての住人が生活していたのは明らかだった。間取りはおそらく6畳ほどだろうか。衣服はそこかしこに置かれていて、足元には、食べ終えたコンビニの弁当箱や空のペットボトルなども散乱していた。
実際の作業は前日から始まっており、鈴木さんは「大きなハエなどが飛び交っていたので、事前に殺虫作業を行っていました」と話していた。私たちから見れば“ゴミの山”に思えるかもしれないが、かつての住人にとっては思い出の品々でもある。
作業の流れとしては、遺族や大家の意向を受けて、個人情報が含まれるモノや遺すべきモノ、処分してもよいモノに分け、その後、室内の状況をみてリフォームまで手がけるという。
孤独死の部屋から見えてくる住人の傾向
この部屋の住人は、おそらく読書家だったのだろう。室内ではいたるところに本が散乱しており、部屋の奥にもたくさんの文庫本が積まれていた。思い出の品々にふれるとやはり特別な感情も芽生えてしまいそうだが、鈴木さんは「写真からは住人の方の思いが伝わってきてしまいそうで、見つけたらそっとよけます」とつぶやいていた。
高齢者の問題と思われがちな孤独死だが、実際には「40~50代も多い」と鈴木さんは話す。そして、現場へ立ち会うとさまざまな傾向もみえてくるという。
孤独死に陥った人の部屋では、生活に必要なモノが手の届く範囲に置かれている傾向があるという。実際の現場からは生活導線がハッキリと想像される。この日、立ち入った部屋ではリビングに電子レンジが置かれていたが、キッチンは機能せず、そこで食事を摂っていただろうというのは明らかだった。
孤独死の約7割は男性だともいわれるが、アダルト関連のグッズが生活範囲に置かれているのもよくみられるという。想像するしかないが、看取ってくれる人はおろか、誰にも助けを求められない環境で、一人で夜な夜な自分を慰めていたであろうかつての住人は、何を思っていたのかと考えを巡らせてしまう。
開けることなく放置された贈答品や宅配便
贈答品や宅配便が、開けることなく置かれているのも孤独死した人の部屋に多い傾向だという。室内には、未使用のまま開封されていなかったワイシャツもあったが、日常のささいな手間すらおっくうになるほど、かつての住人は生きる希望を失っていたのかもしれない。
理由はさまざまだろうが、自分の生活面に興味や関心をなくすセルフ・ネグレクトに陥った人は、衛生面に気を使わなくなるのも特徴だ。孤独死したこの部屋の住人も例外ではなく、浴室の前にはモノが積み重なっていて機能しなくなっていた。
浴室やトイレにみるセルフ・ネグレクトの痕跡
扉の前にある荷物をよけて、ようやく見えたのはホコリまみれの浴室だった。溜まったホコリを見ると、どう考えても数か月単位の汚れには思えない。一体いつから使っていなかったのかと、疑問が浮かんできた。
浴室と共に衛生面では欠かせないはずのトイレは、かろうじて使っていた痕跡があった。とはいえ、便器内に溜まった水は茶色く濁り、周囲には丸めてゴムでくくられたトイレットペーパーが積まれていた。想像するのみではあるが、鈴木さんは「トイレットペーパーを指に巻いて、掃除していたのかもしれません」と話していた。
孤独死はいつ、誰にでも起こりうる
トイレを使っていたと思われる一方で、リビングには使った痕跡のある大人用のオムツも置かれていた。実際には、少なくとも小便については室内で済ませていたのだろう。わずかに動くことすら面倒になっていたのか、何かしらの事情があったのかは、いまやうかがい知ることはできない。
かつての住人が亡くなった今、彼がどのように過ごしていたかは想像するしかない。しかし、部屋の隅に置かれていた手帳には、意味を察するしかない時間帯や日ごとの天気が記入されており、すごく几帳面な方だったであろうというのが伝わってきた。
隣人と顔すら知らないというのも、当たり前に思われる現代。孤独死はどこにでもありうるものだと、実際の現場から感じられた。また、いわゆる“死臭”とも称される独特な匂いが「日常生活でフラッシュバックすることもあります」と鈴木さんは話してくれたが、筆者も例に漏れず、取材の翌日からしばらくは、ふと街中で似た匂いを嗅ぐと当時の光景が蘇る経験を味わっていた。
ただ、その瞬間にわいてきたのは負の感情だけではない。同時に思いを巡らせたのは今まさに“生きている”ということ自体の意味で、間接的にも孤独死にふれたことで“死ぬまでに何を残せるのだろう”と考えるきっかけにもなった。
今回、協力してくれたブルークリーン株式会社の鈴木さんは、YouTubeでも“お片付け請負人・すーさん”として、孤独死やセルフ・ネグレクトの問題を伝えるべく活動しているが、そちらもぜひ多くの人にご覧いただければと願う。
⇒次回、<ホステスが孤独死と向き合う「特殊清掃人」になった理由>に続く。
※本記事の原稿・写真についてはご遺族、物件オーナーの掲載許諾を頂いています。
<取材・文・写真/カネコシュウヘイ>