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話題の新人監督を直撃! 1997年の中国を舞台にした傑作サスペンス

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中国人にとっての1997年の香港返還

――映画では、1997年の香港返還に期待を抱く中国の人々の心情が語られています。実際にあの時代、人々はどのように感じていたのですか?

ユエ監督:1997年という年は中国人にとってひとつの象徴的な時代です。当時、香港というのは中国人にとって、ゆるぎのない大都市、夢と希望にあふれた場所だったんですね。しかしそれはあくまで、そこに住んでいない人々の“想像”でしかない。イェンズの「香港に行きたい」という願望は、“夢”を語っているのです。

――殺人事件に固執して“過去”を見つめるユィと、香港行きを希望して“未来”を見つめるイェンズの対照的な世界観が興味深かったです。こういうふうに、過去だけを見る人と未来だけを見る人に分断された世界観というのは、現代の中国社会に存在するのでしょうか?

ユエ監督:過去しか見ない世界観、未来しか見ない世界観という部分は今の社会にもあると思います。でも、現代の中国はとても多様化していて、過去も未来も見ずに、“現在”を生きて楽しんでいる人もたくさんいるように思いますね。

世界一の興行収入を誇る中国映画産業の未来

ドン・ユエ

今一番不安なのはいつ金持ちになれるか(笑)

――本作から、監督は何を一番伝えたかったのでしょうか? また先日、ファン・ビンビンさんの脱税事件などもありましたが、中国で表現者として仕事をすることに不安はありますか?

ユエ監督:私が一番興味のあるテーマは、“人が人と共存するために作る関係性”です。この作品では、主人公のユィを通して、「人がどういう風に変わっていくか」、「人は何によって変わっていくか」ということを描きたかった。

 ファン・ビンビンさんの事件については、私は彼女ほど金持ちではないので不安は一切ないですね(笑)! どちらかというと今一番不安なのは、「いつ金持ちになれるか」ってことかな(笑)。

――最後に、興行収入において中国の映画市場はハリウッドを抜いて世界一になりましたが、中国映画産業の未来についてどう思いますか?

ユエ監督:私は映画というのは“文化の表現”だと思っています。社会文化を映し出しだす表現のひとつ。あとはそういう映画文化を国がどう育てていくか――。

 映画監督として、今の映画産業の繁栄は非常にありがたいことだと思っています。もし中国映画産業がここまで発展していなかったら、この作品を撮るチャンスはなかったかもしれない。例えば、10年前や20年前だったら、この脚本は映画化できなかったかもしれません。

――となると、中国の映画産業には楽観的でしょうか?
 
ユエ監督:ただ、中国映画産業に課題があるとしたら、もっと多様化してほしい。現在、中国で人気のジャンルは感動もの、アクションものや時代劇なんです。なので、映画監督としてはもっと色いろなジャンルが増えて、観客動員数や興行収入を超えた映画作りができるといいな、と思っています。

 映画というのは“文化の質”を表すもの。これは数値だけでは判断できませんからね。ジャンルの豊富さは多様化のひとつの指標であると思うので、様々なジャンルを受け入れる土壌が育っていってくれればと願っています。

ドン・ユエ

<取材・文/此花さくや 撮影/山川修一(本誌)>

映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバー、ライアン・ゴズリング、ヒュー・ジャックマン、デイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など多数Twitter:@sakuya_kono、Instagram:@wakakonohana

【公開情報】
『迫り来る嵐』は2019年1月5日から東京・新宿武蔵野館、ヒューマントラスシネマ有楽町ほか全国で順次公開

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