“経験中心の履歴書”で経済格差はなくなる?学歴社会の功罪をまじめに考えた
転職時こそ経験が活かされる
新卒採用における学歴の影響は少なくないようだが、転職活動における学歴の影響力はどうなのか。
「転職は新卒一括採用のように一定の規模の枠組みが用意されているわけではないですよね。キャリアや資格、どのようなダイバーシティを持っているのかなど、出身大学の偏差値はあまり重要視されません。つまり、平原氏の主張である経験中心と言って良いのではないでしょうか」
ひとことに学歴といってもシチュエーションによって持っている影響力に違いがある。その前提を無視して、「学歴が重視されすぎていないか?」という議論することは早計なのかもしれない。
「幼稚園のお受験」に類似した現象が
とはいえ、東京大学生の親の平均年収を見れば、“実家の太さ”は良い大学への入学、ひいては良い会社への入社を左右する重要ファクターであることは一目瞭然。そう考えると、現行の評価制度は完璧ではない気もする。
「確かに実家が太いと学校名の良い大学に通いやすいです。かなり直接的ではありますが、企業はその人がどういう家庭で育ったのかを気にする傾向にあります。例えば、幼稚園のお受験の場合、面接官は子供の個性や能力も見ますが、両親がどういう人なのか注目しますよね。
それと同じように新卒一括採用では、キチンとした常識のある家庭出身なのか、うちの会社でお上品に働いてくれるのか、ということを知りたがります。
これは“文化的再生産”と呼ばれています。例えば、東大に現役合格できるような純粋な学力ではなく、学歴や立ち振る舞い、絵や音楽の文化的素養である“文化資本”を持った・育んだ人間を企業は求めている、というものです。要するに、親ガチャによる格差の固定化を助長する現象。あまり表面化していませんが、今なお横行しているのです」