金正男暗殺、実行犯の2人はどうなった?真実に迫った監督が感じたこと
「2人が死刑になってしまうかも」と思っていた
――題材が題材なだけに、身の危険を感じたことは?
ホワイト:物理的な脅威はなかったよ。危険な目に遭ったことは特にない。でも雰囲気的に居心地が悪かった。何が起きたってことじゃないけれど、現地の人が嗅いでほしくないエリアを嗅いでいたということもあって。それは別に北朝鮮だけではなく、マレーシア自体のこと。
クアラルンプールという町の裏の顔、セックスワークであったり、ドラッグやタクシードライバーであったり、自分が今こういうことをしていると話すと、みなさん嫌がるような態度になる。そういう題材だったんだ。今までの映画作りで、もっとも楽しくない撮影でもあったよ。緊張感があったからね。終わった今は安全だし、そういう危険もなくなったので、ほっとしています。
――「楽しくなかった」という本音に、監督の仕事の本質を感じますね。
ホワイト:こういう題材を扱っていて、楽しいとは言えないよね。ただ、今まで楽しい題材の映画はたくさん作ってはいるけれども、この物語はダークだし、悲しかったし、当時全員が「彼女たちは無罪かもしれないけれど、処刑されるだろう」と言っていた。だから僕たちもそういう理解で撮影を進めていた。彼女たちの物語が真実だとしても、有罪判決を受けて死刑になる可能性がある、非常に不公平、不正の物語になってしまうと、ずっと思いながらカメラを回していたよ。
取材するほど「彼女たちは無罪だ」と感じた
――今回のプロジェクトを経て、監督の仕事に対するスタンスや人生の価値観について何か変化は起こりましたか?
ホワイト:何か価値観が変わったというほどではないのかもしれないけれど、真実というものは自分たちが思っている以上に奇妙なものでありうるのだということに対して、よりオープンになったと思う。この事件に関してはメディアの報道もあって、しかも監視カメラの映像で実際に行動をしている彼女たちが映ってしまったがために、彼女たちが殺し屋であるというイメージが大きかった。
でもその裏の真実があったわけで、今までもそう思っていたけど、さらに本物の真実というものを見極めるためには、ちゃんと深く掘っていかなければいけないんだというレッスンを改めて受けたような感じだった。この映画を観た方にも、そういったことを感じてもらえたらと思う。
――実行犯の2人は芸能界を夢見る普通の女性で、しかも本人たちが「自分はイタズラ動画に出演していただけ」と思い込んでいたということは、人々に衝撃を与えました。取材をすすめるにつれ、社会的な責任、使命感みたいなものが強くなる瞬間もありましたか?
ホワイト:ミッションというか使命感はどんどん強くなっていきました。自分たちなりの調査をずっとしていて、というのは観ていただければわかるとおり、マレーシアの警察や裁判の過程で、何が実際に起きているか知ろうと思ったら、誰にも頼ることができなかったから。だから滞在すれば滞在するほど、目からうろこの状態、目が開けていったよね。彼女たちが無罪だということを感じていった。
文字どおり生死がかかっているので、それだけ重要なことに自分たちがかかわる可能性があるという意味でも、自分たちの究極的な使命感を感じていた。一方で、現地の専門家たちは絶対に有罪判決が出ると言っていたから、僕らもそう理解していた。でも、「ならばその瞬間に映画を公開して、国際的な物議を醸しだし、彼女たちを救う手立てをしたい」とも思っていたんです。