「暗黒時代だった」人気漫画家・三田紀房が語る、20代の頃
漫画家は「チェーンのラーメン屋」でいい
――誰もが漫画家になれるわけではないですから、先生は才能がそこに合致したんですね。
三田:それもね、僕は誤解だと思うんですけど、本屋さんに行くと「なんだよ、つまんねーな」と思ってしまう、しょうもない本がいっぱい売っていますよね。それは、出版社というのが「100本出して1本特大ホームランが出れば全部OK」な商売だから。
100本打席に立つためには、どうでもいいものまでどんどん出さないと、何が当たるか分からないし、才能も集まらない。「俺のほうが上手い!」という若者がたくさん来て、そのなかから天才がぽんっと生まれて大ヒットに繋がる。
だから、そこそこのものでも、ぼんぼん持っていけば載っけてくれて、お金をもらえるわけです。
――そこそこのものですか。
三田:みなさん、傑作を書こうとしすぎなんですよ。「誰も書いていないものを!」「今まで見たことのないものを!」とか、勝手にハードルを上げて、「ここより低いレベルの作品は世に出さない」みたいなことをしがちなんです。
そうやって、最初からこだわりのラーメンを作ろうとするから商売にならない。ラーメン店ならチェーン店でいいんです。ぼんぼん出していけば、そちらのほうが顧客を多く獲得できると僕は思いますね。
「ここで、もう一歩頑張ってみようかな」
――なるほど。とはいえ、タイミング的には30歳のときでよかったと思いますか? 20歳ではこうはならなかった。
三田:それはそうですね。実家の商売を手伝っていた20代のときに、仕入れをやったり、銀行の借金がどうだとかやったりしたから、いろんな感覚が養われた。
結果を出すには、どうすれば効率がいいのかを考えられるようになったのは、20代のころにトレーニングできた成果だと思います。だから振り返ってみれば、暗黒の20代もあってよかったのかなと思いますね。
――最後に、読者に向けて本作公開のメッセージをお願いします。
三田:この作品は、サラリーマン社会の縮図とも言えます。日本の組織ってだいたい年寄りが牛耳っているから、往々にして若者対年寄りという構図になる。本作でも年配者の提案に対して、「これは正しくない」「間違っている」と、若い主人公が異議申し立てをするわけです。
多くは挫折したり、組織に飲み込まれてしまったりしますが、そこで、ひとつ壁を乗り越えてみたらどうか。そういったメッセージも込められています。頑張って信念を貫き通すんです。読者の方にも「ここで、もう一歩頑張ってみようかな」と、職場で思ってもらえたら嬉しいです。
<取材・文・撮影/望月ふみ>