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42歳で脱サラ、ミュージシャンに。パンツ一丁で夢を叶えた男の幸福論

キャリア

「終身雇用崩壊」が叫ばれるなど会社員の将来は一寸先は闇といった状況だ。会社にしがみつこうとする人がいる一方で、一足先に勤め人を卒業した人たちも……。

 bizSPA!世代の20代ビジネスマンからしたら、今の職場に定年退職まで40年超勤務できると考えるのは、夢物語かもしれない。

スギム氏

5月に都内で行われたライブの様子。15時半からのライブをこなした後は名古屋に移動し、夜にまたライブというダブルヘッダーだった

 そんななか20~40代の脱サラした男たちの「その後」を追跡。彼らの境遇から、明日の我が身を占ってほしい!

42歳で脱サラして音楽の道へ「野音を埋めた男」

 パンツ一丁の過激なパフォーマンスで人気を博し、4月には日比谷野外音楽堂で約2000人を集めてワンマンライブも成功させた、ソロユニット「クリトリック・リス」のスギム氏。その見た目からさぞ破天荒な人かと思いきや、8年前までは関西の広告関連企業に勤める会社員だった。しかも部長まで出世していたにもかかわらず音楽の道を志して脱サラしたという。

「サラリーマン時代は、朝9時から夜中まで働き終電やタクシーで帰宅する毎日でした。昔から音楽は好きでしたが、聴くだけで演奏などは未経験ですよ。転機は36歳のとき。たまたまバーで出会った客と意気投合してバンドを組もうとなったんです。しかしライブ当日に他のメンバーは姿を現さず……結局、即興の打ち込みで一人でステージに上がることに。シラフではムリだったので強いお酒を飲み、意を決してパンツ一丁でステージに上がりました」

 初ライブ後にはほかの出演者からイベントの誘いも受け、頼まれると断れない性格の彼は、会社員でありながら次々にイベントに出演するようになったという。そうして二足の草鞋を続けていたが、40歳のときに一大決心をする。

「当時は仕事の合間を縫ってスーツ姿でライブハウスへ行き、パンツ一丁でライブをして、また着替えて会社に戻ったりしていました。出演料もいただけるようになってプロのミュージシャンと対バンするようになっていたのですが、サラリーマンを続けながらでは他のミュージシャンに失礼だという気持ちが芽生えたんです。当時は転職を考えていた時期でもあって、それなら1年間、悔いの残らないように活動しようと決意しました」

会社員時代のスキルを活かしながら全国行脚

 ただ、実際には退職までに2年かかった。きちんとした業務の引き継ぎや「サラリーマンのうちにマンションのローンだけは完済したかった」という準備のためだ。

「普通はミュージシャンが食えずにサラリーマンになるのに、僕は真逆です。当然、音楽だけでは食えない。ミュージシャンはライブ本数で収入が決まるので、とにかく数をこなすことを意識しました。さらに会社員時代の知恵で物販を工夫するなどして、だんだんと全国のイベントに呼んでもらえるようになったんです。やっぱり人間関係がすべてです。常にフラットに人と接することを心がけるというか、僕は20代の若手からタメ口を叩かれますし、彼らに前座を頼まれれば、喜んで引き受けます」

 主にバス移動で年間200本以上のライブで全国行脚しつつ、夜は地元のバンドマンたちと酒を酌み交わし、宿はホテル代がもったいないと漫画喫茶で寝ることもある。年収も会社員時代の半分ほどになった。それでもスギム氏の顔には充実感しか漂っていない。

「会社員時代は社内と取引先、同業者だけの狭い世界で生きていました。けれど今は日本中で年齢、性別関係なく新しい友達ができる。恵まれているなと思いますね」

 幸せを測る物差しは千差万別。自分の本当の価値観を持って進めばその先には成功しかないはずだ。

スギム氏

ソロユニット「クリトリック・リス」のスギム氏

【スギム】
ミュージシャン。’15年に初の全国流通盤『あなたのあな』をリリース。現在は自主制作で活動するが、地元・関西を中心に熱狂的ファンに支えられ、4月の野音ライブでも彼の“晴れ姿”を見ようと大勢が駆けつけた

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<取材・文/青山由佳 岩辺智博 山田文大 進藤太郎(小野プロダクション) 本多勝広>