「推し活」は幸福感を高めるとの研究も。マニアの趣味では終わらない推し活の最前線
「推し活」と聞けば、アイドルやアニメキャラクターなどを応援するマニアックな趣味といった印象を受けるかもしれない。
しかし、一部の人たちの趣味の世界で終わらせるには実にもったいない効果が「推し活」にはある。「推し活」は、人々を元気にし、幸福感まで高める活動であると複数の研究でも明らかになっている。
そこで今回は、ライターの一ノ瀬聡子が「推し活」の最前線を取材した。毎日に物足りなさを感じている若者はぜひ、最後まで読んでもらいたい。幸福のヒントが「推し活」にはある可能性が高い(以下、一ノ瀬聡子の寄稿)。
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「推し活」が幸福感を高める
「推し活」といえば、10〜20代の若者たちを中心に、アイドルやアニメキャラクターを応援する趣味的要素の強い活動との印象がある。しかし、そんな風に、マニアックな人たちに限られた話だと理解して終わらせてはもったいない。そう思える研究結果が幾つも存在する。
例えば、成蹊大学(東京)の研究者たちが、550人のアイドルファンから収集したデータを分析した結果、アイドルの「推し活」を行うファンの心理的所有感(対象となるアイドルを「自分のものだ」と感じる状態)が、当人のウェルビーイング(幸福感)を高め、「推し活」を継続させる原動力となっている仕組みが明らかになった。
ウェルビーイングとは、肉体的・精神的・社会的に満たされ、幸せを感じられる状態を意味する。
予防医学の研究者による書籍では、応援しているアイドルのライブに参加すると、セロトニンやドーパミン、エンドルフィンといった「幸せホルモン」が分泌されると科学的根拠も示されている。要するに、何かを推すと幸せになれる可能性が高いのだ。
この場合の「何か」とは、マニアックな趣味であってもなくても構わない。現に、一般的なイメージとは大きく離れた分野にも「推し活」が広まり、幸せを感じている人々も存在する。
「サッカー選手推し」で高齢者も元気に
例えば、高齢者によるサッカーチームや選手の「推し活」が挙げられる。
健康食品やサプリメントで知られるサントリーウエルネスは、高齢者施設の高齢者や認知症患者を、サッカーの応援を通じて心身共に元気にするプロジェクト〈Be supporters!(ビーサポーターズ)(略してBeサポ!)〉を2020年(令和2年)12月から続けている。
高齢者は普段、周囲に支えられる場面が多い。しかし、地元サッカークラブなどのサポーターになれば支える側になれる。
2021年(令和3年)には富山県で、のべ1,000人の高齢者が「Beサポ!」のプロジェクトに参加し、Jリーグ加盟の地元のプロサッカーチーム〈カターレ富山〉を応援する「推し活」を楽しんだ。
同様の動きは全国に見られる。2022年(令和4年)は全国100施設、のべ2,500人がプロジェクトに参加しサポーターとなった。2023年(令和5年)8月時点では全国約160施設、のべ約6,000人にまで参加者は拡大中だ。
サントリーウエルネスの「Beサポ!」担当者はプロジェクトの効果について次のように語る。
「介護施設の職員の方から高齢者の方々に、さまざまな変化があったとうかがいます。
例えば、腕が不自由で、リハビリにあまり積極的でない方が、応援となると腕を自然に上げて驚いたというお話や、部屋に閉じこもりがちだった方が、他の方と一緒に応援する機会を通じて交流が増え、頻繁に笑顔を見せるようになったなど。
自分の健康のためのリハビリや体操ではなく好きな人の応援だからこそ自然に身体が動くのかもしれません」(「Beサポ!」担当者)
介護施設の職員にも「推し活」の効果を確認してみた。
「Beサポ!」実施施設の1つである富山県富山市の介護施設〈みどり苑〉の職員で、介護福祉士の向井愛摘(あづみ)さんによると施設の利用者は、好きな選手の応援うちわをつくったり、応援動画を視聴しながら手拍子を練習したり、テレビや現地で観戦したりしているそうだ。
「私が担当した87歳の女性は、カターレ富山の大野耀平選手が好きで、カターレや大野選手の話題になると楽しそうに話します。
以前、選手が施設に遊びに来られた時、購入したユニフォームにサインを書いてくださいました。そのサイン入りユニフォームが家宝だと話しています。
好きな何かを応援するという行為は、人をこんなにも生き生きとさせるのだと実感しました。応援に年齢は関係ありません。この活動を通して、自分も全力で介護に取り組みたいと思いました」(向井愛摘さん)
「推し活」は、年齢に関係なく人に活力をもたらす。同時に、周りにもいい影響を与えているようだ。
昆虫も「推し活」の対象に
「推し活」の対象は、アイドルやサッカー選手など人間でなくても構わない。兵庫県伊丹市にある伊丹市昆虫館では、2023年(令和5年)7月15日~10月23日まで特別展〈みんなの推し虫〉が開催された。
同館の学芸スタッフ、伊丹市昆虫館友の会のスタッフ、ならびに各地の昆虫施設および博物館の関係者が「推し虫」の標本を45箱取りそろえ、虫好きを全面的にアピールする機会を設けた。
昆虫アクリルスタンド、AR昆虫との記念撮影コーナー、自分の推しを用紙に書いて掲示してもらう〈推し虫♡沼トークコーナー〉など「昆虫推し活」を率先して広めるコンテンツも用意された。
目を輝かせながら堂々と、虫オタクぶりを披露できる場が「推し」の言葉の浸透と共に、ポジティブな意味で社会的に受け入れられつつある。
「推し活」は、アイドルやアニメのキャラクターに限らず、従来のイメージを超えた対象にも広がっているのだ。「推し活」を楽しむ側の人間も若者に限らない。高齢者や大人たちなど幅広い世代に広まりつつある。
毎日にもの足りなさを感じている若者も、夢中になれそうな何かを見つけ徹底的に応援してみてはどうだろうか。
乳幼児のわが子を応援するうちわや写真入り「アクスタ(アクリル板でつくられたグッズ)」をつくり、わが子を「推し活」しながら育児する母親のようなケースすら見られる。SNS(会員制交流サイト)でも話題となった。
「推し活」を通じて幸福感が増大する可能性は極めて高い。毎日に物足りなさを感じている若者はぜひ、参考にしたい。
[取材・文/一ノ瀬聡子]
[参考]
※ 井上 淳子,上田 泰(成蹊大学 経営学部 教授)”アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について”.マーケティングジャーナル 43 (1), 18-28, 2023-06-30