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【インタビュー】八芳園が観光産業に本格的に参入、その真意は?井上社長に訊く

ビジネス

株式会社八芳園 取締役社長・井上義則氏

今年、創業80周年を迎えた八芳園。同社は、東京・港区白金台に約1万坪の日本庭園と施設を有する式場として世に知られ、結婚式や七五三など、人生の節目の祝事を支える事業を手掛けてきた。

近年、インバウンドの増加と東京オリンピック開催をきっかけに「MICE(Meeting、Incentive Travel、Convention、Exhibition/Event)」事業にも取り組み始め、国や地域といったあらゆる垣根を越え、文化や芸術、産業、ビジネス、教育などの分野における”交流を創造”するべく、新たな挑戦を続けている。

そんな中でも、婚礼と並ぶ同社の主軸の一つとなるのが、「日本各地に眠る豊かな資源を見直し、共に磨き上げ、その魅力を海外に向けてアピールする」という、広義での観光事業だ。同社取締役社長・井上義則氏に、コロナ禍で観光事業に本格参入した理由と、今後の展望について話を伺った。

地方自治体のSOSで誕生したポップアップ型ショールーム

2020年8月に白金台のプラチナ通りにオープンした『MuSuBu』

東京2020大会を契機に設置されたホストタウンアピール実行委員会の主幹企業を務めたことで、地方自治体との関係を深め、プラチナ通り沿いに地域交流スぺースをオープンしようと計画していた矢先、コロナにより状況が急転。各種イベント開催に向け、着々と準備を進めていた地方自治体の担当者から寄せられたSOSの声を聞きつけ、「急遽、新たな事業を構想した」と『MuSuBu』誕生の舞台裏を明かす井上社長。

「静岡市の担当者から『このままだとお茶の賞味期限が切れてしまう』『何とか無駄にしない方法はないだろうか』との相談を受け、『このスペースを使って新商品を開発するテスト型の店舗をやってみよう』と取り組んだのが、5日間限定のポップアップ型ショールーム『MuSuBu』が誕生したきっかけです。

全国各地の自治体や生産者、企業や学校の皆様とともに、既に100以上のポップアップイベントを週替わりで開催し、主に”人”や”食”を通じて各地の魅力をPRしています。希少性の高い商品を、住宅地エリアでもある白金台で販売してみたところ、予想以上のご好評をいただき、2020年8月のオープン以来、月間平均で7000~8000人の方々にご来場いただいております」

産地直送の新鮮食材+‟HOW”も提供 リピート率70%を実現

『MuSuBu』では一次産品等を店内で販売するだけでなく、地元食材を使って八芳園のシェフが考案したメニューもカフェスペースやテイクアウトで提供。自宅での調理方法やオススメの食べ方などもレクチャーしている。

「5日間×月に4つの自治体さんが入れ替わり、常時新鮮な食料品を安価で提供するだけでなく、“HOW”の部分も発信しながら交流を図ることで、約70%近くの方たちにリピートして来ていただいてます。けん玉や木工品などの民藝も幅広く取り扱っているのですが、食や文化を真ん中に置くことで、分断しがちな世代間の交流も自然と生まれています。白金台周辺には大使館も多く、店頭で開催する日本の季節ごとの行事にも、地元住民の方たちのみならず、インバウンドも含めた来場者にとても関心を持っていただいているんです」

12の自治体・学校と連携協定及びパートナーシップ協定を締結

八芳園は現在、全国12の自治体・学校と連携協定およびパートナーシップ協定を締結しており、今年4月には、徳島県松茂町の交流拠点施設「マツシゲート」内にて、同社プロデュースによる『FOOD BASE KITCHEN』もオープン。去る7月12日には、福岡県福岡市にコミュニティラジオ天神FMを有する株式会社コミュニティメディアパートナーズ福岡と八芳園のパートナーシップ協定締結の調印式も行われ、インバウンド誘致等に向けて相互連携を強化することも発表された。

(左から2人目)株式会社コミュニティメディアパートナーズ福岡 代表取締役社長 金山利治氏

「『MuSuBu』では、5日間という短いスパンでメニューや店内装飾品、物販などを総入れ替えしながら、オリジナリティの高いイベントを毎週企画し、地域コンテンツの魅力を再発見するきっかけを提供しています。このビジネスモデルを地域展開することで『交流文化創造』の拠点をさらに増やしていきたいと考え、巡回先を設定することにしたんです」

その第一弾として7月19日に登場したのが、福島県鏡石町の桃やGAP認証農産物を使った限定メニュー(彩り野菜のさっぱりサラダうどん、桃の天ぷら、桃の贅沢スムージー)だ。「今回新たにパートナーシップ協定を締結した福岡の『COMI×TEN Café』並びに、徳島県『マツシゲート』内の『FOOD BASE KITCHEN』で販売することで、福島県の桃の販路の拡大のみならず、地元の食や文化との融合により、新たな価値が生まれることにも大いに期待しています」

希少性を高めるためとはいえ、わずか5日単位でポップアップの店内の装飾や物販を総入れ替えするのは並大抵のことではない。だが、日頃から半日や数時間単位の結婚式やイベントで「どんでん」を繰り返している八芳園のプロデュース力や現場の組み立ての速さをもってすれば、それも決して不可能な話ではない。

「顧客のニーズをヒアリングするところから始まり、予算や好み、目的に応じたコンセプトを立案した上で、短期集中で黒子としてイベントをコーディネートし、顧客の課題を一緒に解決していく」という点においては、結婚式や企業イベント、自治体のポップアップ型ショップのすべてに共通しているからだ。

交流文化創造で観光資源を磨き、さらなるMICE誘致を目指す

終戦を前に創業メンバーらによって掲げられた理念を基に、「八芳園の存在意義について絶えず考え続けている」という井上社長。アフターコロナを見据え、「『交流文化創造』という新たな市場づくりを目指し、日本の中核産業である観光産業に本格進出していく」というが、「決して『自分が変革している』といったような、そんな大それた意識は私のなかにはないんです。どんな時でもコミュニケーションを図ることを大事にしながら、社員全員で力を合わせていきたいと考えています」と願いを口にする。

「そもそも八芳園の企業理念には、『我々は、国民食生活の奉仕者である。我々は、日本観光の奉仕者である。』という言葉があって、私は理念経営を追求しているにすぎないんです。大切にしているのは『継承と創造』。あくまで先人が築き上げた歴史を最大限活かしながら、21世紀の時代に則したさらなる挑戦を続けていきます。コロナ禍で主軸の婚礼事業が苦境に陥ったのは事実ですが、どちらかと言えば私は困難な状況であればあるほど、むしろやる気が出てくる。そんな珍しいタイプのようです(笑)」

「我々が目指すのは、ただ地域へ人を促すだけに留まらず、人と人とが交流するひとつの文化としての”観光”です。八芳園の強みであるワンストッププロデュース力を活かし、その土地の人を訪ね、文化を学び、地域の魅力を体験する場を創り上げる。交流して磨かれた文化が、持続可能になり、さらに創造を生み出す市場を作ることによって、新たな観光という市場を生み出せるのではないかと考えました。日本の全国各地に点在する、様々な技を持っている人、想いを持っている人、知見を持っている人たちが交流することによって、より良い日本の文化が形成され、海外の方たちもさらに訪れてくれるはずだと期待しています」

2025年3月から8月末までの約半年間は、「八芳園」を休館し、本館および周辺施設を交流文化創造空間に全面改装する予定。2025年3月には、高輪ゲートウェイ駅前にJR東日本による大型再開発プロジェクト「高輪ゲートウェイシティ」の街びらきも控えており、白金台エリアにも国内外から人が集まることが見込まれる。近隣ホテルや屋形船、東京タワーなど、港区の施設とDMO(観光地域づくり法人)で横連携を図ることで日本の観光事業を盛り上げ、世界へアピールしていく。

<取材・文・撮影/渡邊玲子>

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ライター。映画配給会社、新聞社、WEB編集部勤務を経て、フリーランスの編集・ライターとして活動中。国内外で活躍するクリエイターや起業家のインタビュー記事を中心に、WEB、雑誌、パンフレットなどで執筆するほか、書家として、映画タイトルや商品ロゴの筆文字デザインを手掛けている。イベントMC、ラジオ出演なども。

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