中国旅行・出張中のチャット内容で拘束も。人ごとじゃない「スパイ容疑」回避の心得
日本の製薬会社の社員として中国に駐在していた50代の日本人男性が「反スパイ法」の違反で逮捕され懲役12年の実刑判決が下された。
この中国の「反スパイ法」という法律は、若い日本人の観光や数日の出張であっても、中国を訪れる限り無関係ではなくなるらしい。
そこで今回は、清和大学講師、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、オオコシセキュリティコンサルタンツ顧問などを兼務し、国際安全保障、国際テロリズム、経済安全保障などを専門とする和田大樹さんに、中国への渡航時に日本の若者が注意したい行動を解説してもらった(以下、和田大樹さんの寄稿)。
拘束・逮捕・実刑判決のケースが続く恐れ
中国当局が監視の目を強めている。2023年(令和5年)10月半ば、スパイ行為に関わったとして拘束されたアステラス製薬の日本人男性が当局によって正式に逮捕された。
男性は、中国滞在歴が20年ほどのベテラン社員だが帰国直前に拘束され、最終的に、懲役12年の実刑判決を受けた。
2014年(平成26年)に「反スパイ法」が施行されて以降、これまでに拘束された日本人は確認されているだけで17人に上る。
例えば、2022年(令和4年)の秋には、同法に違反したとして実刑判決6年を受けた日本人男性が刑期を終え帰国した。この男性は、日中友好に尽力した人物だった。
2019年(令和1年)には、中国近代史を専門とする北海道大学教授が同様に、帰国直前に北京の空港で拘束されるケースもあった。
日本人だけじゃない。日本の非鉄専門商社でレアメタルに関する業務を扱う中国人社員が2023年(令和5年)3月に拘束されていた。
日本の非鉄専門商社と取引がある中国企業でレアメタルの業務を担当する中国人も3月ごろに拘束されたと情報が上がっている。
習政権は、レアメタルなど戦略物資の外国への輸出規制を強化している。2023年(令和5年)8月からは、半導体の材料となるガリウム・ゲルマニウムの輸出規制を導入しており、これに関連して拘束された可能性もある。
今後も、同様の拘束、逮捕、実刑判決のケースが続くと懸念されている。
「反スパイ法」が改正され適用の対象が拡大
「反スパイ法」は正式には反間諜法という。スパイ活動への対策を盛り込んだ法律で、中国の全国人民代表大会の常務委員会が2023年(令和5年)4月下旬、その「反スパイ法」の改正案を可決し、7月から施行した。
改正法では、これまでのスパイ行為の定義が大幅に拡大された。国家機密の提供に加えて、国家の安全と利益に関わる資料やデータ、文書、物品の提供、および窃取もスパイ行為とみなされるようになった。
「その他のスパイ行為」などあいまいな表現も盛り込まれており、中国当局によって、恣意(しい)的に改正法が運用される可能性が高い。
改正法の施行直前には、中国情報機関トップの陳一新・国家安全相も改正法に言及し、欧米など敵対勢力の浸透、破壊、転覆、分裂活動などを徹底的に抑え込むため、外国のスパイ機関による活動を厳しく取り締まる意思を強調した。
地方レベルに法律を落とし込んで条例化されるケースまで出てきている。重慶市では、2023年(令和5年)7月下旬、改正法に基づいた反スパイ条例が議会で可決され、9月から施行された。
重慶市の「反スパイ条例」では、公安警察や外事警察だけでなく、各種の企業や団体も警察と協力し、反スパイ活動で主体的責任を負うと定められている。
要するに、国家総動員的に摘発行為が強化される可能性がある。今後は、北京や上海、広州など他の大都市にも広がっていくとの見方もある。
必然的に、日本人を含む外国人が拘束されるケースは今後増えると懸念される。
親しい中国人ともシビアな問題を話さない
では、日本人として今後、どのようにこの問題と向き合っていけばいいのか。
bizSPA!フレッシュ読者のような若い世代であっても人ごとに考えず、中国に出張・旅行する際は習政権、米中関係、日中関係、台湾情勢など政治的にシビアな問題について、滞在中の発言は極力避けたい。
親しい中国人たちが現地に居たとしても、油断して発言しない方がいい。日本の外務省からも、
“携帯電話やパソコンといった通信機器については、盗聴されている可能性もあることを認識し、また、WeChat等のSNSの他、電子メールのやり取りについても、同様な状況にあることを意識して利用してください”(外務省のホームページより引用)
との注意が出ている。対面だけでなく、滞在中の通信内容にも、シビアな問題への言及は避けたい。
また、人民解放軍や警察機関には近づかない方が無難だ。市役所、空港、駅などの公的な施設や、港湾、橋、トンネルなどのインフラ設備、見晴らしのいい場所からの地形の写真撮影(スマホでの撮影も含む)も極力避ける必要がある。
その他、観光客がめったに出入りしない場所に長居しない、そうした場所での怪しまれる行動は慎むなどを徹底する必要がある。
中国への渡航をそもそも控える
そもそも論として、不要不急の場合は、中国への渡航そのものに慎重になるという考え方もあるはずだ。
例えば、2023年(令和5年)5月、在中英国商業会議所がアンケート調査の結果を公表した。
同調査では、中国でビジネスを展開する英国企業の間で地政学リスクへの懸念が強まり、中国でのビジネス継続を悲観的に考える企業の数が過去最多(回答した企業の7割あまり)になったと明らかにされている。
こういった状況に、駐在員を中国に派遣する日本企業の間でも、自社の社員が拘束されるリスクに警戒感が広がっている。
筆者個人としても香港を含め、中国への渡航はそもそも控えるようにしている。渡航したとしても、メールを含めた言動で政治的な発言を控え、政治や歴史が絡むような施設への訪問も控えている。
若い人であっても、旅行や出張で中国を訪れる場合は人ごとと考えず、くれぐれも注意深くなってほしい。
[参考]