ゴー☆ジャス「宇宙海賊は東急ハンズで閃いた」誰とも被らない芸人キャリア
「ブレイクしていない」ことに救われている
――まだ露出がないときは何で生計を立てていたんですか?
ゴー☆ジャス:もうずっとバイトしてました。夜勤はやりたくなくて、スタバ、カラオケ店とか渡り歩いて結局、コンビニに落ち着いて10年ぐらい続けて。朝の10時から夜の22時まで、週6日入ってましたね。結局、資金がないと衣装も買い換えられないので。あとは、賞金が出るフリーのお笑いライブに出場するとか。優勝すると5万円ぐらいもらえてましたね。
――そんな頻繁に優勝を?
ゴー☆ジャス:もう、総ナメでした。お客さん1人が、面白かったと思うコンビに2票まで投票できるシステムで、おそらく1票は自分を呼んでくれた芸人に入れる。じゃあ残りを誰にするかってなったとき、僕のような存在がそこに食い込めるんです。
見た目のインパクトはトップだろうし、それまで出ていた人たちの内容を全てリセットするようなネタになっている。だから、だいたいのお客さんが票を入れてくれて。
そんなこんな繰り返していたら、段々とテレビにも出られるようになって、2008年に『レッドカーペット』に出て一気に知名度が上がっていった感じです。その後の営業の給料でバイトしなくても食えるようになって。
“宇宙海賊”を見つけたのが大きい
――それにしても、これまでチョイスしてきた芸人のコンセプトは、飛び道具ながらも誰ともかぶることなく、“当たったら進みやすい”という利点がありますね、
ゴー☆ジャス:“宇宙海賊”っていうコンセプトを見つけたのが大きいですね。ほかにもアニメとかでこの肩書は使われているんですけど、僕だけが唯一会いに行ける宇宙海賊(笑)。ネタでも「地球儀=ゴージャス」って覚えてもらえるし、レパートリーも195か国ぐらいあって困ることがないんです。
あと、救われているのは「まだブレイクしてない」っていうところ。事務所先輩のダンディ坂野さんや小島よしおくん、スギちゃんとは違って“一発屋”ほどの露出がなかった。その分、初見の人も多いから、マダガスカルネタもいまだに結構ウケるんですよ。ラッキーだったなと。人生の目標が声優からスタートして、俳優、芸人と続いて宇宙海賊。一体なんなんだって感じですけど、いまとてもしっくり来ています。
<取材・文/東田俊介 撮影/市村円香>
【ゴー☆ジャス】
1978年福島県生まれ。高校卒業後に上京し、代々木アニメーション学院 声優タレント科へ進学。卒業後お笑いライブでの活動など下積み期間を経て、2000年代後半にテレビ出演による露出が増加。2014年からはゲーム実況を中心としたYouTubeチャンネル「ゴー☆ジャス動画」を開設。決めゼリフは「君のハートに、レボ☆リューション」
Twitter @Gorgeous55555