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「好き」を仕事にしている人が、結局伸びない理由

学び

情熱は自分の中に眠っていない?

 以上の研究からわかるのは、「情熱は後からついてくるものだ」というポイントです。「仕事への情熱」とは自分の内にたぎる熱い感情などではなく、「なんとなくやってたら楽しくなってきた」といった感覚から始まる穏やかなプロセスだと言えます。このような情熱のあり方を、心理学では「グロウス・パッション」と呼びます。「本当の情熱とは、何かをやっているうちに生まれてくるものだ」という考え方のことです。

 グロウス・パッションの有効性を示したデータとしては、イェールNUS大学の研究が有名でしょう。研究チームは学生を対象に全員のグロウス・パッションを確かめ、そのうえでブラックホールの理論を解いた難しい論文を読むように指示しました。そこでわかったのは、グロウス・パッションを持つ人は、たとえ興味がないものごとにも熱心に取り組むことができる、という事実です。「情熱は何かをやっているうちに生まれてくるものだ」との思いが強い被験者ほど、難しい論文を最後まで読みとおす確率が高かったのです。

 当然の話でしょう。「情熱は自分のなかに眠っている」と考えていれば、少し気に食わない作業なだけでも「これは違う、自分には合わない」と思いやすくなり、そのぶんだけ簡単に心が折れてしまいます。

天職は「なんとなくやってたら」見つかる

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 他方で「情熱は自ら生み出すものだ」と考えていれば、最初のうちは困難に思えた作業に対しても「もう少し続ければ別の可能性が見えるかもしれない……」のような感覚がわき、ちょっとのトラブルにも負けずに取り組むでしょう。「やってたら楽しくなってきた」というのは受け身な態度のようにも思えますが、実際は、天職との出会いを待っている人のほうがよほど消極的だと言えるでしょう。

「好きを仕事に!」や「情熱を持てる仕事を探せ!」は、かように多くの実験で否定されたアドバイスであり、人生の満足度を高めるソリューションにはなりません。「好きを仕事に」の元祖である孔子にしても、結局は望んだ政治の世界で能力を発揮できず、晩年は「海外にでも行こうか……」などと嘆き節を残したのは有名な話です。

 それでもこの手のアドバイスが消えないのは、市場規模が大きいという面が大いに影響しているのでしょう。

 もちろん、なかには純粋な善意だけでアドバイスをしている人もいるでしょうが、「好きなことを仕事にすればうまくいく」という考え方は直感的でわかりやすいため、それだけに支持する人間の数も増えます。ならば、わざわざ夢を壊すようなデータは見せずに甘い言葉をささやき続けたほうがビジネスとしては安定しやすいはずです。

<TEXT/鈴木祐>

科学ジャーナリスト。1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ね、多数の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。著書に『YOUR TIMEユア・タイム 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』『最高の体調』『科学的な適職』他ベストセラー多数

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