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ジャニー喜多川氏はこうしてスターを生んだ。田原俊彦研究家が語る秘話

『ザ・ベストテン』でジャニーズ初の1位に

ステージ

※画像はイメージです

 当時、デビュー曲がいきなりオリコンのベストテン入りすることはなかったが、「哀愁でいと」は初登場8位に。翌週には2位に上昇した。

 1978年1月開始の人気歌番組『ザ・ベストテン』(TBS系)では1980年7月10日に8位で初出演。8月28日、もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」を追い抜いてトップに輝いた。ジャニーズ事務所からのランクインも1位も、「哀愁でいと」が初めてだった。

 これ以降、ジャニーズ事務所は近藤真彦、シブがき隊、THE GOOD-BYE、少年隊、光GENJI、男闘呼組などをデビューさせ、1980年代に芸能界での地位を固めていく。現在まで繋がる黄金期は、ジャニー氏考案の「哀愁でいと」から始まったのだ。

 2019年4月21日、田原俊彦はNHKホールで行なった40周年記念ライブの1曲目に「哀愁でいと」を選択。当時のキーのまま歌い、同じ振付で踊った。

 プロデューサーのジャニー喜多川氏と日本語詞の小林和子、ディレクターの羽島亨が生み出した「哀愁でいと」は、田原俊彦が継続して歌い踊り続けることで、39年経った今も色褪せない楽曲となっている。

<TEXT/岡野誠>

【岡野誠】
ライター・芸能研究家。研究分野は松木安太郎、生島ヒロシなど。本人へのインタビューや関係者への取材、膨大な資料を緻密に解き明かした著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)は3刷に。ジャニー喜多川氏のプロデュースに関するエピソードなども随所に綴られている

ライター・芸能研究家。本人へのインタビューや関係者への取材、膨大な資料で構成する著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)は3刷に。ジャニー氏と田原がレコーディング時に歌詞について意見を戦わせた逸話も綴っている。9月28日、東京・下北沢の本屋B&Bで木野正人とトークイベント開催

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