100%自分が悪い状況なんてない!職場で傷ついたら考えたいこと【勅使川原真衣さんインタビュー】
働いていれば、誰しも思うように結果が出なかったり、ミスをしたりして凹んでしまうことがあるのではないだろうか。「努力が足りなかった」「自分の能力が低いから仕方がない」と思うのは待ってほしい。職場で「傷ついた」時、その原因はあなたの側だけにあるわけではない。2024年に『職場で傷つく』(大和書房)を上梓した、組織開発の専門家である勅使川原真衣さんに、職場の「傷つき」の捉え方についてお話を伺った。
傷ついた原因は100%「自分」にあるのか
慣れない仕事を任されて失敗して上司から叱られた。一生懸命努力していたのに、評価されず昇進できない。そんなとき「もうあとがない」「なんで自分って…」などと傷つきの原因を自分だけに向けることは自縄自縛につながりやすいと勅使川原真衣さんは警鐘を鳴らす。
「職場での傷つきは個人的な問題だと思われていますが、実はそれだけではないことを『職場で傷つく』で声を大にして伝えたいのです。『傷つき』は必ず職場の環境や相手があって起こることです。『傷ついたな』と思ったら、自責思考になる前に問題を俯瞰し、構造的に捉えてみてください。100%の傷つきから一度逃れておくのがセルフケアとしては重要だと思います」
例えば、仕事でミスをして上司に激しく叱られた。そもそもなぜミスをしたのか考えてみる。どんな経緯で自分がその業務を担当することになったのか。上司からの指示の出し方はは適切だったのか。業務を遂行するチェック体制は機能していたか。
さらに、自分を叱責した上司のことも考えてみる。ミスをしたらいつも厳しく指導するタイプなのか。それとも今回だけのことなのか。実は上司も忙しく心に余裕がなかったのではないか。
自分の内面の深掘りに奔走せず、俯瞰して状況を見つめ直してみると、タスクの向き不向きや関わる人との相性など、さまざまな要因が重なって「傷つき」が発生したことに気づくだろう。「自分のせいで…」と抱え込まなければ、気持ちも切り替えやすくなるかもしれない。
「敗者に口無し」から見える組織の綻び
勅使川原さんは、教育社会学を修士課程で学んだのち、組織開発コンサルタントとして多くの企業の組織開発に携わってきた。その過程において、能力主義社会がこれまでなきものとされてきた多くの傷つきを生み出し、組織や社会の問題が個人化していることに気づいたという。その解決に際しては「傷つき」をケアすることが欠かせないと、現場で数多く目の当たりにしてきた。
「能力主義社会では、弱い人の発言権をなくす効果が抜群なんです。傷ついた経験が誰しもあるはずなのに、口が塞がれた状態であることを誰かが指摘する必要があるのではないかと思いました」
仕事で成果が出たり、昇進したりした人もいれば、そうでない人も必ず存在する。さかのぼると、私たちは就活や進学などの人生の節目で、前提条件を提示されたレースを経験してきた。勝ったり選ばれたりした人はその報酬や栄誉に預かることができ、陰で涙を流す人が声をあげるのはタブー視されてきた。多くの人がそれで当たり前だと思っている。その背景に潜む問題について、勅使川原さんはこう語る。
「能力主義は、能力などの属性で人間関係に序列をつけることそのものなんです。身分制度が撤廃されたときに、『組織への貢献度が高い人が多くの取り分があったほうがよい』という序列のつけ方が支持されて、現在も維持されているのです。機会が平等で公平なレースを終えたのであれば、結果的に基準に満たない人は取り分が少なくてもよいと言い切ってしまっていることが能力主義の問題なのではないでしょうか」
今でこそ、立場の強いものから弱いものへの理不尽な行為は「ハラスメント」として是正されつつあるが、異なった立場の間でコミュニケーションが取れていたり、適切な人員配置がなされていれば、メディアで報道されるような大企業の不祥事は起きていなかったかもしれない。
1on1は本当に必要なのか?求められるのは他者の「他者性」
傷ついた経験は誰しもあるはず。ここで気をつけたいのは、結果的に自分も誰かを傷つけてしまうことが起こりえるということ。昇進して複数の人をマネジメントする立場になることもあるし、取引先など社外の人とのコミュニケーションをとることもある。
また、近年はD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)が声高に叫ばれるようになった。これからのコミュニケーションに求められることを勅使川原さんは次のように語る。
「他者の『他者性』を尊重することが、第一だと思います。まず、自分と他人を分離して、違いを認識した上で接しないと、相手から『尊重されていない』と受け取られたり、無理に同集団と捉えられることでかえって傷つきを生んでしまったりするのです。逆説的に聞こえるかもしれませんが、自分と他者は違うのだ、と『他者性』を尊重して初めてインクルード(包摂)できるのです」
D&Iが叫ばれているからといって、いきなり一律の取り組みを押し付けても、それは今までの能力主義と変わらないという。勅使川原さんは続ける。
「例えば一元的に1on1ミーティングをメンバーに課すというのは、そもそもD&Iではないですよね。だって言語コミュニケーションが苦手な人だっていますから。必ずしも全員に対して必要とも限りません。1つの方法を1つの正解に決めつけすぎないことが、これからのリーダーに求められると思います」
自分にとって心地よいことが、誰かにとっては違う可能性があることを常に念頭においておく必要がある。コミュニケーションの手段一つとっても、出社して直接話すこともあれば、電話やビデオ会議ツール、slackやLINEなど多様化している。
「マルハラ」(テキストコミュニケーションの文末に読点を打つことで、相手に威圧感や冷たい印象を与えてしまうマルハラスメントの略称)の話題も記憶に新しいが、しばしばこれらコミュニケーションツールを巡って世代間のギャップも見え隠れする。手段が多様化した分、「傷つき方」も多様化していると勅使川原さんは指摘する。
「自分にとって楽なコミュニケーションが、『相手に負担をかけているかもしれない』と内省できるかどうかがリーダーに求められることだし、自分の身を守る意味でも大事な素質になってくるでしょう」
勅使川原さんは「傷つき」の反対を「手当て(ケア)」だとする。職場にはまだ無数の「傷つき」が存在する。その傷つきが可視化され、もっと「手当て(ケア)」が行われたら、傷ついた本人が救われるだけでなく、組織全体がよりよい方向へ動き出すきっかけにもなるはずだ。
<著者プロフィール>
勅使川原真衣
1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。BCGやヘイ グループなどのコンサルティングファーム勤務を経て、独立。教育社会学と組織開発の視点から、能力主義や自己責任社会を再考している。2020年より乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)、『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社)がある。朝日新聞デジタルRe:RonやPHP『Voice』、教育開発研究所『教職研修』にて連載中。Xは@maigawarateshi