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人類初の不老不死となった女性が手にするものとは?映画『Arc アーク』解説

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3:アップデートされた「今」の不老不死の物語

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 洗練された美術や演出について語ってきましたが、やはり本作の主たるテーマになっているのは不老不死、それも「アップデートされた不老不死の物語」が描かれていることが重要でした。実は石川慶監督自身、原作となるSF作家ケン・リュウによる同名の短編小説を読んだ時に、まさに「今」の不老不死の物語だと感じていたのだそうです。

 その理由は、「現在はアンチエイジングや医療が発達し、寿命自体も延びていて、死なないというよりも、生きている時間が延びることによって、どういうことが起きるのかが、今の問題なのではないか」という考えがあったから。確かに、今は延命治療の技術も進歩し、特に日本は世界でもトップレベルの長寿国となっており、「長く生きなければならない」ことはもはやSFではない、現実になっています。

 原作小説でも映画でも、『Arc アーク』はあくまで「現実の延長線上」にある、「人類の多くが不老不死のための施術を受けて、それが当たり前になる世界」および「不老不死になる最初の女性の人生」を描いているのです。それは「人魚の肉を食べたら死ななくなる」といった、昔の不老不死を描いたおとぎ話とは全く違うアプローチ。だから、アップデートされた「今」の不老不死の物語と言えるのです。

4:「人生の意味を証明する」プロセス

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 劇中では、不老不死の医療技術が開発されたため、マスコミ記者は会見で「死があるからこそ人生に意味があるのではないでしょうか?」と質問します。これに対し、主人公のリナは「それは、死を選ぶ以外に選択肢がなかった人類を慰めるためのプロパガンダに過ぎません」と反論した上で、「これからは、私が自分の生き方でそれを証明します!」と宣言するのです。

 その「生き方で不老不死の人生の意味を証明する」プロセスこそが、本作の最大の見どころでしょう。この後のリナはとある悲劇に見舞われ、それでも不老不死の施術を受けていない人々が最期を迎えるための療養ホームを経営していくのですが、そこで思いがけない人物と出会うことになります。

 その人間ドラマは、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1995)のように数奇な運命を辿る1人の人間の生涯を追うエンターテインメントとして面白く観られると同時に、「長く生きることで何が得られるのか?」という哲学的な問いを投げかけてきます。リナが最終的に到達した決断はわかりやすくもあり、同時に明確な「1つだけの答え」は用意していないため、観客それぞれに豊かな思考を促してくれるものでした。

 原作小説を書いたケン・リュウも、「若さとは何なのか」「なぜ老いと死を恐れるのか(恐れないのならば、それはなぜか)」「有限の生が人生にどのような意味をもたらすのか」「子孫と遺産を媒介に成立する不死は、真の不死にとっての単なる代替品に過ぎないのか、あるいはそれを超越するものなのか」などの疑問を読者が考え、自分自身のために答えを見出してほしいと語っています。映画『Arc アーク』もまた、これらの疑問についてただ1つだけの答えを出さない、だからこそ深く鋭い思考に浸れる作品に仕上がっているのです。

 ちなみに、石川慶監督は初稿を書き上げたところで、「女性の一代記なのに、会議室に男性しかいなかったことが気になった」「主人公の目線で考えられる人がいないといけない」ということで、「原作に宿る作家性を大切にしながら、エンターテイメントに仕上げるバランス感覚が素晴らしい」と称賛する『愛がなんだ』(2018)の澤井香織に共同脚本を依頼したのだとか。原作を尊重しながらも、等身大の女性の姿がリアルかつ繊細に描けたのは、彼女の功績が大きかったことでしょう。

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