“究極のホワイト企業”が小さな村にある。世界のトップ経営者が注目する理由
残業なし、給与は平均以上。でも利益は出せる
<天の創造物である自然を痛めず、可能な限り自然への負荷を小さくする。そのように生産されたものにこそ貴重な価値があると考えていました。思い描いたのは消費者と生産者の双方にとって価値のある手作りの製品、美しい労働環境、リラックスできる快適な休息時間、手仕事の価値が隅々まで行き渡った会社の文化でした。誇りを感じて穏やかに生きていくためには、互いを敬い、真実を重んじる人間関係と、経済的に十分な所得が必要だと考えていました。そのためには創造性を育む静謐な職場環境が必要でした。倫理、尊厳、道徳と一体化した利益を生み出すこと、利益と贈与の均衡に実体を与えること。>(p.98)
労働者に残業をさせず、平均以上の給与を支払いながら、企業としても利益をあげる。理想的なバランスは、クチネリ氏の神学的な信念から生まれたのですね。
単に高品質の素材を用いて、高い技術を誇る商品を高い値段で売っているのではない。そこに根拠となる哲学があるからこそ、デザインに魂が吹き込まれる。
かつて、ブルネロ・クチネリのウェブサイトを開くと、いきなりドストエフスキーの引用が登場したことがありました。<Beauty will save the world>(美しさは世界を救う)
ただのファッションではなく、クチネリ氏が全人格を投じて築き上げたブランドであることが理解できたのを思い出します。
若い人たちに捧げる、クチネリ氏の経営哲学
クチネリ氏は、本書を若い人たちに捧げたと語っています。新しい価値観が生まれ続ける世界において、自身の役割を以下の言葉で表現していました。
<「後世の人々の利益」の番人となる。それはとても楽しい想像である。>(p.243)
ブルネロ・クチネリの洋服は、確かに値が張る。誰もがおいそれと手を出せる代物ではありません。同時に、そのコンセプトに共鳴し、十分な対価を支払える層によって、新たな経済活動の形が生まれつつあるのも事実。
それが来たるべき時代の理想形として広く伝播していくのか、はたまた新たな格差の象徴として定着してしまうのかは、まだわかりません。
ともあれ、芸術と人文を愛する経営者が、世界から注目を集める経済活動の旗振り役となっていることは大変興味深い現象です。
氏の信念が正当に受け継がれていくことを願うばかりです。
<文/石黒隆之>