駅メロの歴史は70年前の大分で始まる。音楽の専門家が語る「乗車メロディー」の深い話
今では当たり前となった駅構内で流れる「乗車メロディー」。海外では、日本ほど例を見ないこのシステムには一体、どのような歴史が隠されているのだろうか。
今回は、メンタルヘルスに効果的な音声素材を独自のmeditone®テクノロジーで開発する会社digiart(デジアート)の担当者に、そのルーツを探ってもらった(以下、digiartによる寄稿)。
JR東日本が「乗車メロディー」を導入
私たちが普段、駅で耳にするメロディーには、おおむね2種類の役目がある。1つ目は、電車の発車を知らせる「発車メロディー」で2つ目は、電車の到着を知らせる「接近メロディー」だ。
その試みは、1980年代の後半から始まったと一般的に理解されている。国鉄分割民営化を機に、東日本旅客鉄道(JR東日本)が一部の駅で「乗車メロディー」として導入し、1990年代になって、首都圏の駅を中心に普及した。
当初は、従来の発車を知らせるベルの代わりとして旋律を伴う音で彩られたが、列車の到着時にも使用されるようになった。
これらのメロディーはその後も進化を続けた。現在では「駅メロ」という総称で認知される場合が多い。
それら「駅メロ」は、ジングルのような短いパッセージ(※編集者注:楽曲の短い部分)にもかかわらず、その音楽的完成度の高さゆえ、CDや音楽配信向けのサウンドコンテンツとしても発売されるなど、鉄道利用者に限らず多くの人に親しまれるようになった。
JR東日本以前に「発車メロディー」を使用していた駅も
しかし、東日本旅客鉄道(JR東日本)が一部の駅で導入するよりもかなり前から「駅メロ」を実践していた駅が実際には存在する。
今からなんと70年以上も前の1951年(昭和26年)(1950年とも)の話だ。旧国鉄の豊肥本線豊後竹田駅で、日本を代表する作曲家・瀧廉太郎(1879-1903)が作曲した〈荒城の月〉が「発車メロディー」として使用されていた。
現在とは異なり、毎回レコードによる再生で列車の出発を知らせていた。そのレコードも市民が持ち込み、駅員がかけたと大分合同新聞(大分市)で報じられている。このような先駆的な試みが大都市ではなく地方であったとは意外だ。
その後の1971年(昭和46年)、現在のようにメロディアスな「発車メロディー」を導入した鉄道会社が他にもある。大阪の中心部と京都を結ぶ京阪電気鉄道(大阪市)だ。
同社の広報担当者に確認すると、当時の社員が作曲したメロディーAとメロディーBというオリジナル曲が使用されたという。
この京阪電気鉄道の「発車メロディー」について、童謡〈牛若丸〉が使われた、歴代の「発車メロディー」が同社の寝屋川車庫にある社員食堂の再生機器で聴けるなどの情報がインターネット上にある。
しかし、同社の広報担当者によると、これらの情報は正確ではないとの回答があった。補足しておく。
テンポ・旋律・和音でメッセージ性が生まれる
話を本題に戻す。最初のころの出発合図は、金属製のベルをモーターの回転で連打して音を出す仕組みだった。現在でも使用される防火装置のベルと同様の構造である。
その後、電磁石の振動によって音を出すブザーも加わった。どちらも共通して、響きは単調であり、鳴動が騒がしい。それらの響きは、乗り遅れ防止には有効的だったのかもしれない。しかし、駆け込み乗車の誘発も招き、駅利用者からネガティブな評価も少なくなかったとする研究もある。
一方で、音楽的要素を持ち合わせた「駅メロ」には楽曲が持つ3つの要素、テンポ・旋律・和音(和声進行)の組み合わせによるメッセージ性があるため、発着タイムリミットまでの猶予が直感的に把握しやすくなり、慌てずに乗降が可能となった。
そのあたりのユーザーフレンドリーな部分に「駅メロ」が広まった背景があるようだ。
例えば、山手線の「駅メロ」には、音楽理論に基づいたさまざまな工夫が施されている。
アーティキュレーション(※編集者注:音と音の切り方、およびつなぎ方)を十分考慮した作曲技法でつくられていて、中でも「テンポ」に対する抑揚はとても重要だ。
メロディーの導入部分では一定のテンポが、メロディーの後半で次第に速度を落とす「ritardando(リタルダンド、イタリア語で『だんだん遅く』の意味)」の演奏記号に基づく奏法を再現している。
結果、楽曲の演奏速度が次第に緩やかになり、楽曲の最終部分、言い換えるとドアが閉まり、発車する瞬間のタイミングの判別を容易ならしめている。ハーモニー(和声進行)がそこへ加わると、出発までの時間軸をさらに把握しやすくなる。
このハーモニー(和声進行)には一定のパターンが読み取れる。例えば「T(トニック=主和音)→D(ドミナント=属和音)→T(略)」のような進行が多い。
人は、旋律や和音(和声進行)の組み合わせを潜在的に認知しながら、楽曲の起承転結を把握する。サビに入る前の雰囲気が何となく分かる感覚と同様で「駅メロ」のサウンドを耳にしながら乗車までの無駄のない行動が可能になるのだ。
「駅メロ」は作品になった
導入当初は単なる通知音だった「駅メロ」も、時間を重ねるごとに「作品」として認知されるようになった。その理由は、著名な作曲家や著名な楽曲が使用されるようになったからである。
例えば、元フージョンバンド〈カシオペア〉のキーボーディストでプロミュージシャンの向谷実さん(67)は、前述の京阪電気鉄道や九州旅客鉄道(JR九州)をはじめとする鉄道各社に多数の「駅メロ」を提供している。
自身でも、音楽館という企業の代表取締役社長を務めており、鉄道関連事業を展開しているほどだ。
他にも、童謡やご当地ソング、有名アーティストの楽曲などが、全国津々浦々の駅で採用されている。山手線をはじめ、数多くの路線の駅の「駅メロ」はCDなどのメディアや配信サイトで販売されている。
電車を利用する際に耳にする「音」は、発車や到着を知らせる「駅メロ」以外にも実は多い。ドアの開閉を知らせる音、踏切の音、新幹線の車内アナウンスに付随する音、改札の通過音など多種多様だ。
それらの音に慣れ親しむからこそ、円滑な鉄道利用ができる。
ただ「音の洪水」は、かえって利用者を混乱させる要因にもなりかねない。ともすると、単なる「騒音」と化して逆効果となる。
そのような観点で考えると、大勢の人々が日々利用する鉄道サービスで使用されるべき「音」は十分な検証を行った上で人々の耳に届けなければならない。
人気の有無や芸術的観点以上に、音楽理論や人間工学に基づいた設計が大切となるのだ。
[文/digiart(デジアート)]
[参考]
【駅メロ とわずがたり 15】JR豊後竹田駅 「荒城の月」と隠れキリシタン 藤澤志穂子- 観光経済新聞
「駅のホームで流れている特色あるメロディはいつ頃から始まったのか。」
乗車メロディー cd
ベル音楽の構造とその心理的効果に関する考察*