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人類初の不老不死となった女性が手にするものとは?映画『Arc アーク』解説

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 2021年6月25日より、映画『Arc アーク』が公開されています。

 結論から申し上げれば、本作は日本でも『ガタカ』(1997)や『メッセージ』(2016)に匹敵する、深い思考を促してくれるSF映画がつくれることを証明した傑作でした。落ち着いたトーンで展開する人間ドラマでありながら、先が気になるエンターテインメント性も存分にあり、しかも難解さはほとんどない、万人におすすめできる1本と言えるでしょう。

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©2021映画『Arc』製作委員会

 そして、本作がテーマとしているのは「不老不死」。多くの創作物で描かれてきたその物語が、現代の世相に合うように「アップデート」されていること、そしてコロナ禍の今の時代ではより響く内容になっていることも重要でした。以下より、もっと映画を面白く観るたための、さらなる魅力を解説していきましょう。

1:圧倒的な説得力を持たせたビジュアル

 あらすじから紹介します。放浪生活を送っていた19歳のリナ(芳根京子)は、影のある女性のエマ(寺島しのぶ)と出会い、特殊な仕事を打診されます。それは、遺体を生きていた姿のまま保存できるよう施術する「ボディワークス」でした。時が経ち、エマの弟の天音(岡田将生)はこの技術を発展させ、不老不死を実現します。リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるのです。

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 まず目につくのは、ビジュアルの面白さと、説得力のある世界観です。例えば、石川慶監督が『未来世紀ブラジル』(1985)を意識していたという「工房」は、無機質のようでいて、木製のベッドや白い布などの温もりのある素材の道具もあり、その場所で丁寧かつ精巧な施術が行われていたことが視覚的に伝わります。現実とそう変わらない舞台立てであり、会社の外観はロケ地の香川県庁をそのまま活かしているのにも関わらず、種々の美術のおかげで十分に「近未来」を感じさせるのです。

 さらに目を引くのは、遺体を保存する架空の技術であるボディワークスを、「ダンス」と組み合わせて、1つの芸術として成立させていること。振り付けを担当したのは、文化庁芸術祭舞踊部門新人賞に輝いたダンサーである三東瑠璃。主演の芳根京子はダンスの経験がなかったのですが、痣だらけになるまで必死に練習していたそう。「紐」を利用した、斬新な舞踊の表現そのものにも感動がありました。

 不老不死をテーマとしたSF映画として綻びを感じさせない、画の1つ1つに目を奪われるほどの世界観が構築されているというのは驚異的です。ハリウッドの大作映画とは比べ物にならないほど予算も規模も限られている日本映画で、スタッフが「ここまでやりきっている」ことを、まずは賞賛すべきでしょう。

2:「時間の移ろい」を表現した演出の工夫

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 本作でもう1つ特徴的なのは「時間の移ろい」です。何しろ、主人公は30歳にして不老不死の施術を受け、その見た目の若々しさを保ったまま100歳を超えて生き続けることになるのです。そこまでの時間経過を表現することも、本作における大きな課題だったことでしょう。

 そのため時代ごとに撮影スタイルを変えており、後半ではモノクロ映像が中心となって展開していきます。石川慶監督は『ROMA/ローマ』(2018)や『COLD WAR あの歌、2つの心』(2018)など近年のデジタル技術も使われたモノクロ映画に影響を受けており、モノクロ映像のパートでは全く違うレンズを使ったり、挿入される回想シーンでモノクロとのコントラストをつけるため、意図的にカラフルな色を補色したりもしていたのだとか。

 さらに、主人公のリナの見た目は変わらない一方で、その精神の成長は「衣裳」で表現されています。例えば、30歳の時には、ベージュにブルーの差し色が華やかな衣裳を際立たせ「会社の広告塔的な存在」であることを表現していたそう。一方で、89歳の時の衣裳はナチュラルな素材で揃えられており、モノクロの画でのっぺりしないよう、淡色だけでまとめないようにしたり、特徴あるテクスチャーを取り入れるなどの工夫をしたそうです。

 本作の構成は、いったん未来へと移っても、時折回想を挟んだりもする、時間軸が激しく前後する複雑なものです。それでも全く混乱することがないのは、時代ごとにはっきりと変えた画の工夫のおかげ。落ち着いたトーンの物語運びであっても、それぞれのシーンが美しく、かつメリハリがあるため、全く飽きることなく観られるようにもなっているのです。

 なお、終盤の舞台である療養ホームは、小豆島のホテルで撮影が行われています。「人生の終わり」を象徴しているようで、同時に人の優しさが集積されているようなその場所に、海と陸が地続きのような、美しい光景がピッタリとマッチしていました。終盤で、とある部屋にオルゴール式の時計やゼンマイ式の時計といった「時代から取り残されたような物」が集積しているなど、小道具のこだわりにもぜひ注目してほしいです。

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