<第3回>突如あらわれ、みなを虜にした「金」が商品世界を変える――『貨幣論』と『トイ・ストーリー』を混ぜてみた
すると、リンネルの視界の端に、金が歩いているのが見えました。金はリンネルたちには気づいていないようでした。リンネルは金を追いかけ、呼び止めました。
リンネル「金くん! 待って!」
金が立ち止まって振り返ると、その表情はなんだかこの前と違い、威厳に満ちた顔をしていました。
金「なんだい?」
リンネル「どうしてみんな、きみのことを考えてしまうんだろう?」
金「そんなこと僕に言われたってわからないよ」
金は肩をすくめます。そして、金がいることに気がついた商品たちが集まってきました。
コーヒー「ああ、金様じゃないですか!」
お茶「金様! 金様、お顔を見せてください」
金「あはは、みんな元気かね」
リンネル「(金……『様』!?)」
リンネルは戸惑いました。なんで「様」をつけるんだろう? お茶とコーヒーが、まるで王に対する臣下のように振る舞っています。
リンネル「(何かが起こっているかのような気がする……)」
コーヒー「金様、私たちからプレゼントがあります」
お茶「ぜひこれを受け取ってほしいのです」
金「ふむ、いったい何かな」
お茶とコーヒーが取り出したものは、王冠でした。
コーヒー「これをつけてください、あなたは王様です」
金「王様……?」
コーヒー「そうです」
金「それはつまり、どういうことかな?」
コーヒー「つまり……『貨幣』ということです」
その瞬間、パンパンと盛大な音がしました。花火が上がったのです。そして、ありとあらゆる商品たちが金の周りに集まってきました。
コーヒー「金様! 金様!」
お茶「金様! 金様!」
金を取り囲み、商品たちのコールが始まります。
コーヒー「戴冠式の始まりだ!!」
金は担ぎ上げられ、たくさんの商品によるパレードが始まりました。楽器を鳴らしながら行進し、金の戴冠を讃えます。地面が揺れるかのような盛り上がりです。
コーヒー「金様! 金様!」
お茶「金様! 金様!」
パレードの行進はどんどん進んでいきます。ついには先頭が、あの「穴」へと到達しました。金がこの世界にやってきた穴です。パレードは穴を前にして立ち止まり、腕を振り上げてコールを続けています。
すると、穴の中からゴロゴロと音がしだしました。何かが転がっています。その音はどんどん大きくなり、コールをかき消すほどになっていきます。パレードの集団はコールをやめ、何が起きているんだとざわつき始めました。
リンネル「(この音をおいらは知っている……)」
リンネルだけが冷静でした。なぜなら以前にその音を聞いたことがあるからです。
コーヒー「おい、何かが出てくるぞ!」
お茶「金だ! 新たな金が出てきたぞ!」
それは再び金でした。光りかがやく金がまた穴の中から現れたのです。
リンネル「(どういうことだ……)」
それを見て、リンネルにある疑問が生まれました。
リンネル(この穴の向こうで何かが金を採っているのか……!?)
あれだけ盛り上がった戴冠式も、新たな金の登場によって、あっさりと終わりました。それからというもの、穴からは定期的に金がやってくるようになりました。
=================
価値形態を完成させるためには、一般的な等価形態の地位を、一介の商品にすぎないリンネルから金という光りかがやく商品にゆずりわたす必要があるというわけである。もちろん、あらゆる戴冠式はたんなる儀礼でしかない。そしてこのばあいも、金という商品がモノとして生まれながらにもっている、均質的であり、分割可能であり、耐久的であり……という貨幣の機能に適した性質をひとつひとつ数えあげてから、最終的に「金銀は生来貨幣なのではないが、貨幣は生来金銀である」(一〇四)というおごそかな宣言とともに戴冠式は終了する。
(岩井克人『貨幣論』ちくま学芸文庫、五四頁)
=================
戴冠式を終え、金は貨幣となりました。商品たちの関係性は、ここで決定的に変わってしまったのです。
それからです。いつも晴れていた商品世界の天気が、変わりやすくなってしまったのは。
<TEXT/菊池良>
【次回予告】
戴冠式を終えた金は、「貨幣」として君臨することになった。
定期的に穴から金が到来し、それは「金貨」となり、価値の媒介をするようになる。リンネルは新しい疑問に取りつかれた。「穴」の向こうには何があるのか!? 商品世界の雲行きが怪しくなっていく。嵐が近いのかもしれない……。