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戦時中にTwitterがあったら…NHK広島「戦争体験の新しい語り方」とは

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被爆75年の節目に発案「SNSで伝えたら」

広島

広島の世界遺産・原爆ドーム

 ツイート内容の話し合いも含め、グループワークは現在までにのべ400時間にも上る。ここまで徹底的に作りこんでいるのはなぜか。

「今年は被爆75年の節目です。『75年草木も生えない』と言われた広島が迎える75年目なので、年間を通じて取り組める大きな企画を考えていました。昨年、局内で企画を募集したところ、入局3年目の24歳の女性ディレクターが『75年前のことをSNSで毎日伝えたら面白いのでは』と発案してくれました。

 確かに、SNSのタイムラインに75年前の出来事がポンと飛び込んできたら、若い世代にも戦争や原爆のことを身近に感じてもらえるはずです。そこから、インスタがいいのか、ツイッターか。実在する日記か、創作のほうがいいのか。いろんな議論を重ねて『#ひろしまタイムライン』がスタートしました」(上松CP)

 もうひとつの狙いもあった。それは原爆が投下された8月6日以前にあった普通の暮らしを伝えることだ。

8月6日以前の普通の暮らしを伝える

広島

防空壕堀りの体験も

「原爆の惨状は学校でも習いますし、NHKでも毎年報道しています。しかし、8月6日より前には、戦時下といえども日常の暮らしがありました。今の私たちは原爆が投下されること、戦争が終わることを知っています。でも、当時の人たちは、そんなことが起こるとは全く考えていません。今の私たちと同じように、小さなことで笑ったり、泣いたりした生活があったことを知ってもらいたかったのです」(上松CP)

 少しネタバレになるが、ツイートは8月6日で終わらず、12月末まで続く。日常を消し去った原爆投下当日、そして敗戦を経て、価値観が覆された新たな暮らしもつぶやかれる予定だ。

「年齢や性別、立場など多様性も考え、誰の日記を元にいつまでツイートを続けるか悩みました。残されている日記には8月5日で終わっているものも数多くあります。8月6日に亡くなった方の日記も入れたほうがいいのではと迷いました。でも、広島で暮らす人々が8月7日以降をどのように生きてきたのか、社会がどのように変わったのかをどうしても伝えかった」(上松CP)

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