下北沢3万円アパートの風呂は「バランス釜」煙が吹き出しパニックに…
節約のために銭湯通いをやめることに
「小劇団の舞台役者には“チケットノルマ”というものが存在します。ノルマを売り切らないと、その分を劇団に支払わなくてはならないのです。大体、3000円くらいのチケットに10枚のノルマが課せられたとして計3万円。この頃はファンとかもいなかったので、数少ない東京の友人が買ってくれたとしても、毎回2万円くらいは支払っていたと思います」
舞台に出演するごとに必ず消えていく2万円。さらに、舞台稽古が始まるとバイトのシフトも思うように入れられなくなってしまう……。かなりギリギリの生活だったため、前山さんは生活費を極力削っていこうと考えます。そこで真っ先に思いついたのは、毎日の銭湯通いをやめて、家の風呂を使うことでした。
引っ越してから約半年間。なんだかんだ一切使うことのなかった家の風呂。前山さんはついに、そのパンドラの箱を開きました。
「一度、不動産屋さんから説明は聞いているし、適当にイジったら何とかなるだろうと思ってました。しかし、記憶を頼りに色んなところをカチカチと触っていたら、突然『シュンシュンシュン』と音がして、急に激熱の煙が湧き出てきたのです」
隣人の助けでことなきを得る
おそらく使い慣れないバランス釜の風呂を「空焚き」状態にしてしまったのでしょう。しかし、そのときはパニック状態に陥ってしまったようで……。
「充満するガス臭と熱い煙。このままじゃ火事になってしまうと思い、僕はタオル1枚巻いて家を飛び出しました。そして、隣に暮らすおばあさんに必死に助けを求めたのです。ちなみにこの方とは、引っ越し初日の挨拶以外で顔を合わせたことはありませんでした」
その後、バランス釜を使い慣れているお隣さんの助けにより、なんとか火事の発生は防ぐことができたそうです。それ以来その方と仲良くなり、バランス釜の使い方もしっかりレクチャーしてもらったとのこと。
「もうあのアパートから引っ越してしまいましたが、いまだにその方とはお付き合いがあります。去年も自分が出演した舞台に招待を出させていただきました。今はこういう情勢なので気軽に会うことはできないですけど、命の恩人ですから。今後も仲良くさせていただきたいです」
あれから7年。現在は人気ゲームの舞台化作品や、地上波の再現VTRにも出演するなど活躍の幅を広げている前山さん。イケメン舞台俳優として人気上昇中の彼ですが、いまだにそのお隣さんからは、裸で飛び出してきたあの日のことを笑い話にされているそうです。
<TEXT/渡辺ありさ イラスト/パウロタスク(@paultaskart)>