つくばと京都「東西の電気街」が相次いで消滅。“つくば消滅”には3つの要因が
「店舗の大型化」で競争が激化
また、大店法の廃止により、つくば電気街の「敗者」となったのは、当時日本最大手スーパーであった「ダイエー」も同様だった。つくば電気街の最も北に立地し、当初は家電の販売にも力を入れていた「ダイエー筑波学園店」は2002年5月に閉店。
当時は近隣で三井系ショッピングセンター「ララガーデンつくば」の建設が計画されるなど(2004年3月開業、店舗面積16,200平米)、大店法の廃止によってつくば商圏でもさらなる競争の激化が予想されていた時期であった。その後、つくば市にはイオンモールも出店。ショッピングセンター同士の競争は激しさを増しており、その影響もあってか2017年2月にはつくば市唯一の百貨店であった西武筑波店も閉店している。
2021年現在、ダイエー跡の建物は「デイズタウン」というショッピングセンターになっており、「西友」(食品売場のみ)、「サンドラッグ」などが営業するが、家電を販売する店舗は出店していない。
敗北した「秋葉原系・地場系家電店」
2つめの要因として挙げられるのが「YKK戦争」の激化による「大手の寡占化」と「秋葉原系家電量販店の衰退」だ。
つくば市がある茨城県を含む北関東では、1980年代後半から北関東に本社を置く「ヤマダ」(群馬県高崎市)、「コジマ」(栃木県宇都宮市)、「ケーズデンキ」(茨城県水戸市)の3社が激しい競争を繰り広げ、「北関東YKK戦争」と呼ばれていた。
これら「北関東YKK」を中心とした郊外型家電量販店は、「激安価格」を武器に積極的な店舗拡大を行い、バイイングパワーを使って他社より安値で商品を仕入れた。これらの郊外型家電量販店はローコスト経営を行い、販売管理費は10%台前半に抑えることに成功した。