「所属者を守ってあげられなかった」と、坂井さんは悔しそうに拳を握りしめます。

「これは僕が後で知ったことですが、Aさんは事務所の売上が足りなくなったときに、事務所に所属している若い役者に消費者金融に行かせてお金を調達しようとしたんです。

　まず、事務所に軟禁して洗脳して、消費者金融に行かせた。でも所属者にしてみると、初めての消費者金融で慣れていなかったため、すごすごと戻ってきた。

　するとAさんからなじられたので、再度チャレンジ。やっと借りてくると、Aさんはその金を契約書なしで受け取ったんです。その所属者が辞める時に、Aさんは『借りた覚えはない！ 正式な書面がなければ返す義理はない！』と言い張って借金をなすりつけたんです」

出会い系で知り合った女性に再び…

　さらにAさんは別の所属者名義で事務所を借りたものの、一度も家賃を払わずにトンズラし、奥さんから離婚届けを叩きつけられた挙句に坂井さんの部屋に転がり込んできたそうです。

「酒を止めたというのも、真っ赤な嘘でした。酒を飲んでは、出会い系で知り合った女性に、芸能事務所の社長だと言って言葉巧みに誘い出し、ホテルで暴力をふるう。人間性のかけらのないAさんと決別する準備をしていたら、ある現場で、Aさんが急に怒り出したんです。

『坂井、俺が夢の中で指示した内容を全くやっていないじゃないか』と延々となじってくるんです。もうヤバい、ヤバすぎる！『逃げ恥』ではないけど、逃げようと決めました」

　Aさんが地方出張している隙に坂井さんは半日で引越しをして事務所も辞めました。そして前の事務所から連れてきた所属者に、一人ひとり連絡して、事情を説明すると、所属者全員が納得したそうです。

借金を肩代わりした後に得た教訓

「未払いのギャラは必ず返すという誓約書を作って渡すと、それぞれ新しい道を歩き出してくれました。所属者たちへの返済のために、僕はこの2年間、塾の仕事を増やしたり、他の事務所のプロデュースを手伝ったりと、寝る暇もなく働き、やっと完済できました」

　ウルトラ級のモンスター上司に振り回された坂井さん。でもそのおかけで、大きな教訓を得たそうです。

「ある文化的な事業を担っていた事務所にAさんが過去に所属していたというだけで、手ばなしで信用してしまいました。これからは肩書に捉われずに、ちゃんと人を見ること、そして不義理の人にはさっさと見切りをつけることにします」

　Aさんとは完全に縁を切った坂井さん。Aさんの行方は誰も知らないそうです。

＜TEXT／夏目かをる　イラスト／zzz（ズズズ）@zzz_illust＞