女子大生が就活をせずに「30万円の一戸建て」を購入した理由
群馬県玉村町の築40年近い家を、当時女子大生だった2人がクラウドファンディングで集めた資金をもとに買い取り、立ち上げたシェアハウス「たむろ荘」。
群馬県内初のシェアハウスとして、地元メディアだけでなく、全国紙や「ボンビーガール」(日本テレビ)などでも取り上げられ、いま注目を集めている。
現在はシェアハウス兼オープンスペースとして運営する傍ら、喫茶店営業も行っているが、そもそものオープンのきっかけは何だったのか? 代表・運営者である本田美咲さん(23歳)に話を聞いた。
自分たちの拠点を持ちたいと思った
――なぜシェアハウスを立ち上げようと思ったのですか?
本田美咲(以下、本田):学生時代、構内で手作りの新聞を配ったり、突然流しそうめんを始めたりする活動をしていたんですよね、なんというか学生運動のパロディみたいな。それは当時、松本哉さん(活動家、リサイクルショップ「素人の乱」経営者)にあこがれていたからなんですけど、学生生活に不満があってクーラーの設置要求とかしてたんですよ。
それで、同じ時期に、たまたま授業で空き家を活用したライブ演奏会も行っていたんですが、そこが敷地ごと企業に買い取られてしまったんです。その時に、自分たちの活動をしたり、地元の人たちも出入りできる拠点を持ちたいと思いました。
――手作りの新聞を配ったりするのは個人でやってたんですか?
本田:授業で知り合った友達や、たむろ荘共同代表の秋山(恵璃)にも協力してもらっていたので、完全に1人ではありませんでした。
――なぜシェアハウスにしたのでしょうか?
本田:大学2年生で、1人暮らしにも飽きていたので、ちょうどよかったんですよね。あと当時、地方のシェアハウスによく行っていて、京都で運営をしている知人に「やりなよ!」と焚きつけられたんです。福岡でも外山恒一さんの合宿で「これからはシェアハウスしかないですよ」とか、いろいろ言われました。ただ、シェアハウスが流行っていたのって2000年代初頭。たむろ荘は2017年からと、かなり後発なので、今思えばここまで成功したのはラッキーでした。
ようやく見つけた一軒家を30万円で購入
――どのようにスタートしたのでしょうか?
本田:まずは物件探しで、ビラを配ったり、法務局に登記簿を取りに行ったり。正直、この作業が一番大変でした。なかなか良い物件が見つからずで、結局、大学の先輩に今のところを教えてもらいました。大学にも近くて、かなり理想的。すぐに権利者の方と電話で交渉し、土地代と合わせて30万円でまとめられました。
――かなり安いですね。ただ、当初はボロボロだったと思います。どうリフォームしました?
本田:1階は、喫茶店やスナック、学習塾が入っていたらしくそこまで古くなってませんでしたが、2~3階がかなり劣化していて大変でした。シロアリに食べられてボロボロになってる窓枠や、穴だらけの天井、壁が剥がれたコンクリートをひとつひとつ自分たちの手で直して、腐った畳をフローリングに張り替える作業もやりました。知識がなかったので、YouTubeのリノベーション動画を見ながらです。