映画予告編は「広告」だった!MENSA会員が明かす“人を動かす設計図”

映画館で本編の前に流れる、わずか90秒から2分間の映像。私たちはそれを映画の一部だと思いがちですが、実はそこには、本編制作とは全く異なる「広告」としての緻密な計算が隠されています。
人間の心理を巧みに操るパズルのような設計思想について、映画予告編を年間 100本以上手がけ、アカデミー賞ノミネート作品にも関わる制作会社ココロドルの代表取締役・密本雄太氏がその裏側を明らかにしました。
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「0から1」ではなく「1を10にする」のが予告編の仕事

2026年2月25日、都内でメディア向けに行われたラウンドテーブルで、密本氏は自身の仕事を「クリエイターではなく、エディターでありディレクター」だと語りました。
そこには、予告編を「作品」ではなく「広告」と捉える冷徹なプロ意識があります。
「弊社では、クリエイティブを『0から1を生み出す仕事』だと考えています。しかし、映画予告編制作の役割は、すでにある素材を編集して価値を高める、いわば『1を10にする』仕事。そのため、スタッフのこともエディターやディレクターと呼んでいます」
かつてフィルム時代には助監督が修行の一環として作っていた予告編ですが、現在は完全に独立した専門性が求められる時代になったといいます。映画本編の目的が内容を正しく伝えることであるのに対し、予告編の目的は観客の行動を変え、劇場に足を運ばせるという点に集約されているからです。
論理的思考で組み立てる「感情のパズル」
世界人口上位2%の高IQ団体「JAPAN MENSA(ジャパンメンサ)」や、世界人口上位0.1%の高IQ団体「Triple Nine Society(トリプルナインソサエティ)」にも所属する密本氏は、映像制作を感覚ではなく論理で捉えているといいます。
幼少期からPCの分解や構造の研究を好んでいた同氏にとって、予告編制作はまさにパズルの組み立てそのものだそうです。
「予告編制作も、映画という大きなパズルを一度分解し、どの情報を出し、何を隠し、どの順番で見せれば人の心が動くのかを組み立て直す作業。この組み立て方の法則化こそが重要です。センスに頼りすぎると属人化してしまいますが、論理的に設計すれば、常に一定のクオリティで価値を提供し続けることができます」
その具体的な法則として挙げられたのが、感情曲線に基づいた「三幕構成」です。特に近年は、冒頭数秒で視聴者を引き込む「コールドオープン」と、最後に印象を残す「ボタン」の組み合わせが重要視されているといいます。
日本の予告編は、90秒という短い制約の中で、いかに広告的要素を組み込むかが勝負の分かれ目になるそうです。
「文化変形規則(CTR)」によるターゲットの最適化
また、密本氏は上映する文化圏によって設計図を書き換える重要性についても触れました。そこで用いられるのが「文化変形規則(CTR)」という考え方です。
「例えば『アナと雪の女王』の予告編。日本版は「謙遜・集団・依存」といった日本人の文化思考に合わせ、姉妹愛やストーリーを重視した感動的な作りにしています。一方でアメリカ版は「対等・個人・自立」の文化。ジョークを連発し、全キャラクターを平等に紹介する非常にポップな構成です。同じ映画でも、ターゲットとする文化圏によって、 刺さる 設計図は異なります」
本編にないセリフまで使う、驚きのテクニック
驚くべきことに、予告編には本編には存在しないセリフやシーンが敢えて使われることも。これは「ADR(Automated Dialogue Replacement)」と呼ばれ、ハリウッド映画などでは頻繁に取り入れられている手法です。
「例えばマット・デイモン主演の『オデッセイ』では、予告編専用のナレーションや、本編とは異なるリアクションのカットが使われています。予告編で物語を完結させてしまうと、観客は満足して劇場に来てくれません。
観客に『彼は生きているのか?』『どうなるんだ?』と問いを投げかけ、あえて未完の状態にすることで、答え合わせのために劇場へ来てもらうのです。その問いを作るために、わざわざ本編にないセリフを新しく吹き込むことさえあります」
密本氏によれば、すべてを説明するのではなく、 満たされなさをデザインすることが、人を動かすための鍵となるということです。
配信には予告編は不要だが劇場には不可欠

ラウンドテーブルの後、bizSPA!では単独インタビューを行い、さらに配信サービス全盛時代における予告編の変化や未来についても掘り下げました。
――映画予告編の世界において、この10 年で最も大きな変化は何でしょうか?
密本雄太氏(以下、密本):圧倒的な編集環境の変化です。10 年前はまだフィルムを劇場に運んだり、予告編データを入れたUSBメモリを劇場へ手渡しに行ったりしていました。今は完全にオンライン化されており、納品までのフローが一変して非常に効率的になりました。
――Netflix などの配信サービスが主流になる中で、予告編の役割も変わってきていますか?
密本:配信サブスク系は、クリックすればすぐに本編が見られる手軽さがあります。そのため、Netflix などは劇場用のような予告編を作りません。一方で、映画館で流れる予告編は、観客にわざわざ時間とお金をかけて劇場へ足を運んでもらわなければなりません。劇場に来場させるための強い動機づけが、予告編の重要な役割になります。
――YouTube などの普及により、予告編の作り方自体にも変化はありますか?
密本:「コールドオープン」と「ボタン」が必ずセットになってきました。特にコールドオープンは注目を集めるために不可欠です。実は、日本の劇場予告編は最大 90 秒と決まっていますが、アメリカは2分半あります。2分半あればコールドオープンもボタンも余裕を持って入れられますが、90秒しかない日本ではこれらを端折ってしまうケースも多い。
しかし、広告的な意味を考えるなら、90秒であってもコールドオープンは絶対に必要だと考えています。
AIによる量産が可能になっても人間の判断が必要
――そもそもなぜ、本編の映画監督ではなく、予告編の道を選ばれたのですか?
密本:実は、もともと映画監督になりたかったわけではなくて、本当はパイロットになりたかったんですが、その夢が潰えてしまった。
それで落ち込んでいるときに、街頭ディスプレイで『スパイダーマン』の予告編を目にして、心が元気を取り戻すことができたんです。15秒でこんなに人の感情を動かして、落ち込んでいる人をハッピーにできる。今度は僕がその作り手になりたいと思いました。
実際に心理学の知見などを活かして「どう見せれば人の心が動くか」を論理的に設計する今の仕事や、会社のマネジメントをしたり、人前で話したりすることも、非常に自分の性に合っていると感じています。
――これから映画の予告編はどうなると思いますか?
密本:10年おきに大きな変化が起きている業界ですが、2029年にはAIによる量産が可能になる時代が来ると考えています。その一方で、重要になるのは人間の感性を補完する役割です。
例えば「この表現は日本人には失礼に当たる」といった微細な文化的ニュアンスや倫理的な判断は、AIにはまだ難しい。そういった方向性を調整し、ターゲットに合わせて最適化する「AIディレクター」のような新しい職種が生まれるかもしれません。
私たちはその変化の先頭に立ち、この予告編業界をさらに刷新していきたいと考えています。
文・写真:bizSPA!編集部