やりたいことは20代しか没頭できない。地球規模で課題解決を志す事業代表者が語る「心に火をともす」方法
自分以外の何かのために働き、自分の損得を超えて世の中に価値を生み出そうとする、格好いい「先輩」たちを取り上げる特集の第2弾。今回は、一般社団法人Earth Company代表理事の濱川明日香さんを取り上げる。
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海外の大学院で修士号を取得し外資系企業への勤務経験もある濱川明日香さんは、地球規模の課題解決を志す熱量の高い人だ。
どんな困難があろうとも、自分の心に素直に従い、自分のやりたいことや社会課題解決に奔走する人でもある。
代わり映えのない日常の中で「自分が何をしたいのか分からない」「何を目標していいのか分からない」「自分が何の役に立っているのか手ごたえがない」という若者たちにとっては生きるお手本みたいな「先輩」だ。
そこで、日々の業務や数字に追われる中で、生きる意味や働く意義を見失いがちな人たちのために、濱川さんの人生と経営の哲学を、同じく経営者でもある伊藤祐さんに深掘りしてもらった(以下、伊藤祐さんの寄稿)
目次
世界には、こんなにもたくさんの不幸がある
今回のインタビューは、一般社団法人Earth Company代表理事の濱川明日香さんだ。
ボストン大学国際関係学部・経済学部を卒業した後、外資系コンサルティングファームのPwC(プライスウォーターハウスクーパース)に就職。
その後、ハワイ大学大学院太平洋島嶼(とうしょ)国研究学部にて修士号を取得し、Earth Companyを立ち上げるという異色の経歴の持ち主である。
社団法人の名前にあるように地球規模での課題解決を志す非常に熱量の高い人物だ。
「何かしないといけない気もするけど、なんとなく毎日が過ぎていってしまう」
というぼんやりとした不安を抱えている若者たちにビシビシ刺さる話をたくさん伺えた。ぜひ、最後まで読んでみてほしい。
―― 濱川さん、本日はよろしくお願いします。Earth Companyについて、濱川さんご自身について、じっくりと伺えればと思います。どうぞよろしくお願いします。
濱川:こちらこそ、よろしくお願いします。
―― まず、現在に至るキャリアを中心に自己紹介をしていただけますでしょうか。
濱川:はい。私、中学生の終わりぐらいから、月額3,000円ぐらいで近所の子どもにピアノを教えていたんですね。
―― いきなり、ユニークな話ですね。
濱川:ただ、そのお金の使い道がなく「このお金、どうしよう?」と母に相談したところ「寄付してみるといいんじゃない?」と勧められ、ユニセフに寄付するようになったんです。
すると、ユニセフから毎月、ニュースレターが届くようになりました。
私、実は、ADHD(注意欠如・多動症)があり、文章の読解が難しい難読症もありました。
診断を受けた時期は大人になってからですが、当時から、その傾向には自分でも気付いていました。しかし、自分で稼いだお金で寄付したからか、このニュースレターはしっかり読み通せたんですね。
そのニュースレターで初めて「世界には、こんなにもたくさんの不幸がある」と気付きました。
私自身も、学校がしんどくて不登校になる時期もあったり「なんで、私だけこんなつらい目に遭うんだろう」と思う日もあったりしました。
しかし、そのニュースレターを読んだ後、あまりにも自分が恵まれていると気付いたのです。
学校にも行ける、食べ物もある、戦争で命が脅かされているわけでもない。
自分だけこんな恵まれていていいのか、この恩恵を少しでも多くの人に還元する義務があるのではないのか、そう考えるようになったのです。
そうこうしているうちに大学生になり、1人旅で太平洋諸国を転々としました。その時、理想的な生活にサモアで出合ったのです。
―― 理想的な生活とは、どういう生活でしょうか。
濱川:とにかく皆、生き生きとしていて、毎日が本当に楽しそうなのです。
モノがないながらも自給自足で楽しく心豊かに暮らすサモアの人々。一方で私は、東京生まれ東京育ちで、周りには忙しく働く大人ばかり。経済的には豊かなのかもしれませんが、彼らを見ても幸せそうだとは思いませんでした。
大人にはなりたくないなぁ、と思いながら旅していた私に、サモアの大人たちは大きな衝撃を与えてくれました。
もちろん、サモアが抱える問題もたくさんあります。それにもかかわらず、当時の私には、皆が幸せを全身で表現しているように見えました。日本に暮らす私たちが失った、精神的な豊かさを彼らは持っていたのです。
大きな変革力を持って生まれてきたヒーローたち
―― 売上や各種KPI(重要業績評価指標)に日々追いまくられる自分にとっては耳が痛い言葉です。一方で、サモアが抱える問題とはなんでしょうか。
濱川:彼らが抱えている問題の1つが海面上昇です。
サモアに私が滞在した時期は約20年前ですが、気候変動による海面上昇はすでに深刻な問題になっていました。
日本を始めとする先進国が経済的な豊かさを享受する一方、サモアの人々が犠牲になる状況はおかしい、強くそう感じるようになりました。
その時すでに、PwC(プライスウォーターハウスクーパース)から内定はもらっていたのですが、気候変動の解決に将来的には寄与したくなりました。
PwC(プライスウォーターハウスクーパース)からの内定を辞退して研究の道に進むか、それともそのままPwC(プライスウォーターハウスクーパース)で働くか、すごく悩みました。
―― 結局、どうしたのでしょうか。
濱川:最終的には、
「資本主義が今の現状をつくっている以上、自分自身でも経済システムをしっかり学び、そこから自分のしたい研究をして、自分が救いたい人たちを救いたい」
と考え、PwC(プライスウォーターハウスクーパース)でコンサルタントとして働こうと決め、3年働きました。
―― 解決すべき問題の根っこの側をきちんと知っておくという考え方に行き着いたのですね。
濱川:3年働いた後、ハワイ大学大学院太平洋島嶼(とうしょ)国研究学部で研究を重ねました。
サモアには、個人的にまたは研究のために6年通い、悪化する海面上昇の被害を目の当たりにし続けました。
その間にサモアで大地震があり、その影響で大津波もありました。ハワイで学びながら救援活動もしました。
その後、現在の活動であるEarth Companyを立ち上げ、今に至ります。
―― 20代の早い段階で自らのやるべきことを見つけ、全身全霊で打ち込む姿は本当にまぶしく写ります。Earth Companyとは、どういった会社なのでしょうか。
濱川:Earth companyが目指している世界は、サステナビリティのその先、リジェネラティブ(再生)です。
この先の世界には、誰かが繁栄したら誰かが犠牲になるゼロサムゲームではなく、誰かが繁栄したら他の人々、サプライチェーンの全てが繁栄するような、全員のためになるシステムが必要です。
そのシステムを構築するためにEarth Companyは存在します。
―― もう少し、具体的に教えてください。
濱川:具体的に実施している事業は3つあります。
1つ目は「インパクトヒーロー事業」です。
この世の中には、大きな変革力を持って生まれてきたヒーローたちが居ます。
戦争・貧困・環境・虐待。彼ら自身も、その当事者であるケースがほとんどです。そのため、課題解決に懸ける熱量・思いは半端ではありません。
彼らを支援するために、資金調達や経営コンサル、成長戦略のサポートをしています。
今は、約10名の人たちを年間で支援していて、その中で1名を厳選し、3年間とことん何でもサポートしています。こちらの事業は完全に非営利で実施しています。
―― 2つ目は何でしょうか。
濱川:2つ目は研修事業です。社会課題の解決は私たちだけではできません。社会としての構造変革が必要ですが、そもそもどんな課題があるのか知らない人たちが多い。
アクションを起こそうにもまずは、知ってもらわなければ始まらない。
何よりもまず知ってもらい、心に火をともすための活動として、この研修事業を実施しています。
―― 心に火をともす、この連載にぴったりの言葉です。
濱川:具体的には、インパクトヒーロー事業から学ぶ世界の課題や解決策を、教育機関や企業に研修をしています。
今までに約170本、10,000人以上、24カ国から参加者が学んでくれました。一部学校に対しては無償のプログラムを提供するケースもありますが、基本的には営利事業としてやっています。
その研修の収益が、インパクトヒーローたちの支援に活用されています。
大手企業からの依頼が一番多く、若い世代の人たちは特に、非常に強い関心を持って研修を受講してくれています
少しでも世界をいい方向に
濱川:3つ目の事業としては、バリ島ウブドでのエシカルホテル運営です。
このホテルは、研修で伝えている内容を社会実装している場所です。
環境NGO(非政府組織)に私は長年関わってきたのですが「自然を守りましょう」という直球メッセージを出したところでなかなか響かないなと感じていました。
そこで、ちゃんと企業活動を継続しながらも環境や社会にいい活動ができると実証したい、その思いで始めました。
「コロナ」の状況もあったので立ち上げ当初は非常に厳しかったのですが最近は、安定した運営ができるようになってきました。
―― 収益をしっかりと上げつつサステナブルに、それこそリジェネラティブに社会課題解決を志している団体であるとよく分かりました。
資本主義の枠組みではどうしても見逃されてしまう課題に関して、営利事業の収益で、当事者であるインパクトヒーローたちを支援するというスキームは非常に面白いですね。
今後、Earth Companyをどのようにしていきたいか、ビジョンはございますでしょうか?
濱川:お褒めいただきありがとうございます。正直、今までのスキーム、言い換えると、寄付だけに頼って活動するというモデルには無理があるなと感じてきました。
社会課題の解決が、資本主義というシステムから別離したところにあるんですよね。それでは課題解決が間に合わない。
その点で言えば近年「ビジネスとして社会課題を解決していこう」という動きが見られるので非常にいい傾向だと思っています。
ソーシャルビジネスに営利企業が参入したり、NPO(民間非営利団体)がビジネス的観点を取り入れたり、コレクティブインパクト(※)を実現する流れをどんどん支援していきたいです。
(※)企業、行政、NPO、自治体などさまざまな組織のメンバーが知識や技術を持ち寄り、社会課題の解決のために協力すること
それでも、ビジネスで解決できない課題に関しては、非営利での支援はやはり必須で、インパクトヒーローたちと共に立ち向かい、少しでもこの世界をいい方向に向かわせたい、そう考えています。
感情が動けば自然と行動につながる
―― 濱川さんのように、圧倒的な熱量で何かに向かいたい若者はたくさん居ると思います。しかし一方で、なかなか行動に移せない人も多いように感じます。
このインタビューを読んでいる20代の読者も、読んだ直後の一瞬は高揚するかもしれませんが、その感情を行動につなげられる人は少ないのではと思います。
濱川さんのような「熱」を持つために、20代の方々へのメッセージはありますでしょうか?
濱川:とにかく「奔走」してください。
40歳を超えた今から振り返ってみると、自分がやりたいことに没頭できる時間は20代にしかなかったなと感じます。
妊娠、出産、育児、仕事など、時間も体力も行動範囲も徐々に制限されていきます。体調に影響が出てくる場合もあります。
自由な時間も体力も勢いもある20代、なんと素晴らしい時代でしょうか。やりたいことをやりたいようにやりきれる時期は意外と限られているのですね。
奔走する対象がなく、なんとなくモヤモヤしている人たちには、自分をモヤモヤさせている環境をたまに飛び出し、自分の固定概念を覆すような旅をしてほしいなと思います。長期でも、短期でも、週末だけでも。
―― 奔走する対象がなく、モヤモヤする苦しさは僕もすごくよく分かります。大学時代は僕自身も特に、そのような辛さを常に感じていました。
やりたいことや生きる目的を見つける作業は正直、そう簡単ではないと思います。具体的に、それを見つけ出すための方策は何かあるのでしょうか?
濱川:遠回りのようで近道となる方法は「感情を動かす」だと思います。
叫び出したいほどの悔しさ、鳥肌が立つような感動、涙が出るほどの悲しさ、お腹がちぎれるぐらいの笑い、何があっても守りたい愛しさ、そのような強い情動を感じるような体験してほしいです。
感情が動けば自然と行動につながり、さらにまた新たな感情がその行動の中で生まれます。
その繰り返しの中で、あなただけのやりたいこと、あなただけの目的が自然に生まれてくる、私はそう信じています。
―― とても濱川さんらしいお言葉のような気がします。ありがとうございました。
日々の仕事や勉強を意義深くできるかは僕たちにゆだねられている
最後に、インタビュー後記みたいな話を筆者の僕から補足させてもらう。
「苦しんでいる人たちを救う」
「社会課題を解決する」
そういう言葉からはどうしても、歯を食いしばり苦しくも頑張るイメージがわいてきてしまう。しかし今回、話を聞いた濱川さんは、そのようなイメージの対極に居る人だった。
常に明るくエネルギッシュ。「もちろん世界にはたくさん問題がある。でも、私たちはそれを必ず解決できる」と本気で信じている人だ。
「去年、サーフィンにはまって、プロサーファーになりたいと思ってるんですよね」
インタビュー後に彼女は、冗談混じりで語ってくれた。何歳になろうが、どんな困難があろうが、自分の心に素直に取り組んでみる。泣いたり笑ったりしながら、自分のやりたいことや社会課題解決に奔走する。
ビジネスの世界にどっぷりとつかり、売上や各種KPI(重要業績評価指標)に日々追いまくられる自分にとって、濱川さんはまぶしく映った。
ただ僕も、これを読んでくれているあなたも、今やっていること自体を変える必要はない。
濱川さんが全力で進めているプロジェクトは社会にとってもちろん、大きなプラスになる。だが、僕やあなたがやっている仕事や勉強も負けず劣らず意義深いはずだ。
日々やっている仕事や勉強を意義深くできるかどうかは、まぎれもなく僕たち自身にゆだねられている。
僕たちもインパクトヒーローとして、すさまじく素晴らしいインパクトを社会に与え続けていこう。心からそう思わせてくれるインタビューだった気がする。
[取材・文/伊藤祐、写真/渡辺昌彦]
[取材協力]
濱川明日香・・・Earth Company最高経営責任者、一般社団法人Earth Company代表理事、ボストン大学卒業後、プライスウォーターハウスクーパーズ社に勤務。ハワイ大学大学院で修士号取得(太平洋島嶼国における気候変動研究)。気候変動関連のNGO(非政府組織)で副代表を務めると同時に、マサチューセッツ工科大学の気候変動に関する集団知能プログラムClimate Colabに運営参画。コーネル大学経営大学院MBAマーケティング戦略プログラム修了。ダライ・ラマ14世より「Unsung Heroes of Compassion(謳われることなき英雄)」受賞。米国Newsweek誌の「Women of the Future」に世界で活躍する日本女性として掲載。同誌「世界に尊敬される100人の日本人」にも掲載。2022年(令和4年)にはAsia 21 Young Leadersにも選出される。