おでんや寿司を「出力して食べる」日は近い。地球の食糧問題を3Dプリンターで解決するアートディレクターの挑戦
食べたいと思った食べ物を3Dプリンターで好きな時に出力し、思う存分食べられると聞いたら〈ドラえもん〉か何かの世界を想像するに違いない。
しかし実は、3Dプリンターの活用により、そんな未来の実現が近付いているらしい。現在の地球が抱える食関連問題を解決する糸口にもなるかもしれない。
そこで今回は、データ食革命〈OPEN MEALS〉プロジェクトの発起人でもある榊良祐氏に、ライターの山内良子が明るい食の未来を聞いた。
データ食革命〈OPEN MEALS〉プロジェクトとは
3Dプリンターを活用し、22世紀の幸福な食産業をつくるビジョンを掲げて、榊氏が立ち上げたプロジェクトがデータ食革命〈OPEN MEALS〉だ。
2018年(平成30年)ごろに始まったプロジェクトで、その中心人物である榊氏は意外にも、さまざまな企業の広告キャンペーンに携わるアートデレクターとして活躍する人物だ。
「以前から、食とテクノロジーの融合に興味はありましたが、本格的に行動を起こしたきっかけは、僕の仕事であるグラフィックデザインです。
パソコン内でデザインしたデータを転送すると、データを受け取った世界中の人が、僕のデザインと全く同じものを印刷できる。その仕組みに着目しました」(榊、以下、軽略称)
そして榊氏は「この技術を食に応用できたら面白いのでは?」と考え、味の基本とも言える「ソルティ(塩味)」「サワー(酸味)」「スイート(甘味)」「ビター(苦味)」の4種類をプリンターのインク感覚で作成する。
カートリッジに詰め、食べられる紙にプリントアウトした。
「当時すでに、1つの味だけをプリントアウトできる3Dプリンターは存在していました。しかし、味や見た目に変化をつける作業が難しかった。僕がこだわった部分は、プログラムデザインです。塩味を濃くしたり甘い味にしたりするカスタマイズ性でした」(榊)
榊氏は研究を繰り返し、食べられる紙に印刷して実食できる食品を作成し続けた。この研究成果から“食は、データ化して転送できる”という発想を得たという。2015年(平成27年)ごろの出来事である。
「最初は、趣味かつアート活動の一環で実験的に行っていましたが、SNS(会員制交流サイト)などネット媒体で発信した内容に興味を持ってくれる方々が増え、活動範囲が広がっていきました」(榊)
そして榊氏は起業した。
3D食で食料難に立ち向かう
2018年(平成30年)に〈OPEN MEALS〉プロジェクトを立ち上げ、榊氏がまず手掛けた食品は、3Dプリンターを活用した(以下、3D食)の「デジタルおでん」だった。
大根は丸、こんにゃくは三角と、 それぞれの具材が一塊でシンプル。食感・味・形状にも変化がつけやすく試作向きだった。
「デジタルおでんを手掛けた後は、特に話題となったデジタル寿司を含め、7つのプロジェクトを発信してきました。今発信しているプロジェクトは全てビジョンドリブン型です。
ビジョンドリブン型とは分かりやすく言うと、未来における理想の食卓を想像し、『面白い』『ハッピーかも』と思えるような、地球がもっと良くなるようなビジョンを掲げた活動です。
また、食材をカートリッジ化するため長期保存が可能になります。将来的には、余剰作物などを使用しフードロス削減につなげたり、食料難に備えたりできるメリットもあります」(榊)
楽しておいしい未来の食卓
これまでの話から考えると、3D食が普及するメリットはたくさんありそうだ。だが、デメリットはないのだろうか。
榊氏に聞くと「3Dプリンターは機械なので、どういったデメリットが生まれるかは人間の使い方次第です」(榊)という回答が返って来た。
「例えば、大量に調理を行うセントラルキッチンなどで働いている人の場合、もしかしたら、3Dプリンターに仕事を取って代わられる可能性があるかもしれません。でも、おもてなしの心やアイデアなどの発想力は、機械に置き換えられないで残っていくでしょう。
逆に、レシピを考える時間の余裕がシェフにできたり、3Dプリンターで出力する食をデザインする仕事や産業が新しく生まれたりする可能性もあります。
3D食対応のプリンターが1人1台の時代になれば、自分の食べたい食べ物を、食べたいタイミングでプリントアウトして味わえるようになります。
自分の腸内細菌や必要な栄養素について事前検査し、自分の好きな味や食感、必要となる栄養をプログラムすれば、3D食をパーソナライズもできます。好きな物だけを食べて自分に必要な栄養素を全て取るといった食事も可能になるでしょう。
それに、3Dプリンターのカートリッジには食物や魚、肉などが使われているので、農業に携わる人が3D食の登場で減るという未来はなかなか考えにくいです」(榊)
しかし、自宅で誰かが料理したり、飲食店でシェフが腕をふるったりする温かみが失われてしまうのではないか。
「考え方にもよるとは思いますが、その場合は人間が、インタフェースとなってメニューや組み合わせを考える役割を果たせると思います。記念日や温かみを感じたい・感じてもらいたい時は、手料理を振る舞う方法もあるでしょう」 (榊)
食の見た目に強くこだわる理由
本業がアートディレクターの榊氏は、単純な3D食の量産ではなく、繊細な味や食感のデザイン性がある料理のプリントアウトにこだわっている。単純に、食をデジタル化しようと考えているわけではない。
時間とコストが掛かり、実現が遠のいたとしても、リサーチや研究を続け、繊細な味や食感の実現をあえて追求しながらビジネスとして成立させようとしている。 そのこだわりには何があるのだろうか。
「食は、見た目とのセットだと思っています。例えば、おいしそうなものを見て『食べたい』と食欲が出る、『食べてみたい』と興味がわく。これは、おもてなしの心など、人間性の根幹とつながる部分もあるのではないでしょうか。
特に、僕が手掛ける和菓子や寿司のプロジェクトでは見た目に引き付けられる要素も大きいと思います。今後研究する上で見た目は、大切にしたい重要な部分だと思っています」 (榊)
現在は、テクノロジーを持ったベンチャーの食材を使い、どのような3D食ができるのか、トップシェフと連携して研究を進行中だ。3D食をプロデュースし、お客さんたちに食べてもらう食事会も開催している。
「未来の可能性を、お客さんに実際に食べてもらっています。リアルな感動も取り入れながら、3Dプリンターを活用した22世紀の幸福な食産業をつくるビジョンを掲げてプロジェクトを進行中です」(榊)
榊氏には現在、世界各国から問い合わせや依頼などが相次いでいる。
今は、食事会の開催時にしか3D食は食べられない。しかし、家庭の食卓に並ぶ日もそう遠くはないだろう。その時は、3Dプリンターを上手に活用し、食卓を楽しくしたい。
[取材・文/山内良子]