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『東リべ』のような学校環境…55歳・学校法人理事長が明かす「波乱の人生」

ビジネス

マハラジャの店員に。睡眠時間3時間の日々

中尾充

マハラジャで働いていたころの1枚

「整形外科に通い、1年半ほどしびれと痛みに悩んでいた頃、小さな鍼灸院に行ったら3日で治ったんですよね。もともと僕はおばあちゃん子で、子供の頃から肩揉みなどのマッサージが得意だったこともあり、高校卒業後は大阪の鍼灸専門学校に進むことにしました

 高校卒業後のバブル期に学生バイトで働き始めたのが、全盛を極めていたディスコ「マハラジャ」。六本木のイメージが強いが当時は大阪・ミナミにもあったそうで、和歌山から大阪に出た中尾氏はさっそく遊びに通い詰め、大阪に出て2か月後には従業員になっていたという

 鍼灸専門学校が13時始業で昼間のバイトが難しく、朝方まで働けるディスコが普通の居酒屋などより稼ぎやすかった事情もあったそうだが、学費を稼ぐため最終的には系列のショーダンサーまで経験。大阪の鍼灸整骨院で働き始めても夜のバイトを続け、睡眠時間3時間で働き詰めの生活を2年ほど送ったという

整骨院を開業、10年足らずで収入が数十倍に

中尾充

27歳当時。この翌年に2号店を出店

 当時結婚していた中尾氏は夜の仕事から離れ、今度は柔道整復師の資格取得のため24歳で夜間部のある仙台の専門学校へ通いながら、鍼灸のリハビリスタッフとしてフルタイムで病院に勤務。仙台の専門学校を卒業してすぐ独立のきっかけを掴む。

「業界誌でとある整骨院の団体が主催する『マネーの虎』の整骨院版みたいなトライアウト企画を見つけ、約50名の応募者の中から選ばれたんです。腕自慢の先生たちのなか、来院して帰るまでの導線で患者さんの満足度を上げるための演出にフォーカスしたプレゼンが評価されました。担当エリアやフロアを見渡し、目配り・気配りでいかにお客さんを楽しませて帰らせるかという夜の仕事の経験が、非常に役立ちましたね

 クラブのアルバイトで培った技をふんだんに盛り込み、1500万円で開業した整骨院はすぐに地元の方々の心を掴み、地域で1番の人気店に。28歳で2号店を出店し、34歳で27店舗の経営者となった

「技術に自信がないわけではないんですが、やはり視覚から入る情報は大事なので、現在も直営店は5年に1回、トレンドに合わせて内装をリニューアルします。超一流の寿司屋の演出が気持ちいいように、治療以外のプラスαの部分は重視していますね

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