現役慶應大生、ネグレクト被害者から支援者に。行政も救えない「孤独」との闘い
大学合格は自分にとって再現性のない奇跡
そこからはとにかくがむしゃらだった。正直に言うと、当時の記憶はあまりない。大学への進学を決意してから、アルバイト、高校、親の問題など目の前に立ちはだかる壁を一つひとつ越えていくしかなかった。過去に悲観的になる暇もなくなった。もう一度、あのときの生活を送れといわれたら、おそらく無理だ。
1分でも可処分時間を長く作るために睡眠時間を削った。高校を卒業するために必死で勉強し、大学進学のための勉強も死にものぐるいだった。きっと数十年後に振り返ったとき、最も忙しい時期だったと思うだろう。このとき、精神のバランスを崩さず、最後まで諦めなかったのは、やはりA先生の存在が大きかった。
「何とかなる、いざとなったら先生がついている」。その安心感が唯一の原動力となった。先生以外にもたくさんの人から支えられ、自分の目標を達成するために頑張るチャンスをつくってもらえた。ただ高校の卒業式の日にはまだ進路は何も決まっていなかった。
その後、現役で大学合格は果たせなかったが、少し遅れて慶應義塾大学に合格した。今考えても、奇跡だった。再現性のない奇跡だ。大学に入学する際、決めていたことがある。それは、ひとり親家庭であるが故に悩みがあっても相談できる人がおらず、孤独を感じて塞ぎ込んでしまう子どもが生まれない環境を作ることだ。
変わっていった大学入学時の決意
ひとり親家庭の子どもたちは心の支えとなるべき親と過ごす時間が少ないため、精神的負担を抱えやすく、誰にも相談できずに孤独を感じてしまう状況が生まれやすいことは、前述したとおりだ。私は、自らにとっての「先生」のように、ひとり親家庭の子どもたちが門を叩かずとも「きっかけ」を生み出せるような社会をつくるために大学へ進学したのだ。
大学に進学してからも、学費の支払いなどで苦労を重ねたが、たくさんの人に支えられて、何とか生きている。大学入学時に固めた決意は、次第にひとり親家庭の子どもたちだけでなく、「問題を抱えるすべての人」に変わっていった。
そして大学3年生になった2020年。問題を抱える人が必ず頼れる人に出会えるための仕組みとして、NPO法人あなたのいばしょを設立した。早稲田大学に通う友人に声をかけ、たった二人で始めたNPOだ。普段電話を使わない子どもたちも含めて相談しやすいツールということで、「チャット」を選んだ。
<TEXT/大空幸星 NPO法人あなたのいばしょ理事長>