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元マクドナルド社長が“タピオカ屋”になったワケ「30年前のアップルと似ている」

ビジネス

経営再建の鍵は「らしさ」を取り戻すこと

 アップル日本法人で7年間社長を務めたのち、次に原田氏が選んだのは日本マクドナルドだった。原田氏はアップルを辞める前、現アップルCEOのティム・クックに「ずっと長くIT業界に携わってきて、正直飽きてしまった。身を引いて他の業界でキャリアを積んでいいか」と持ちかけていた。

 その矢先、マクドナルドの米国本社の役員から「日本法人の社長をやらないか」と白羽の矢がたったのだという。

 2004年に社長に就任後、8年連続してプラス成長を実現させ、マクドナルドの経営再建に大きく貢献した。「100円マック」や「メガマック」「メガてりやき」といった“メガシリーズ”をヒットさせ、「デフレの勝ち組」と言われるまでに押し上げたのだ。こういった話題性のある派手なマーケティングが目につくが、顧客接点を作るために経営資源を戦略的に分配していたという。

「IT業界から外食産業へ移りましたが、業界が違っても、お客様の求める価値や利便性は普遍的なもの。まず、外食産業の基本であるQSC(品質・サービス・清潔さ)をマクドナルド全店舗で徹底しました。作り置きをせずにオーダーが入ってから調理をし、できたてをお客様へ提供する『メイド・フォー・ユー(MFY)』というキッチンシステムを導入したり、携帯の『かざすクーポン』やドライブスルー、24時間営業の店舗拡大などお客様の利便性向上に尽力したんです

 その上で、アップルの時と同じく『マクドナルドらしさ』を取り戻すためのメニュー開発や客数増を狙ったプライシング戦略を図り、顧客価値を高めることに経営資源を集中させた。基本に忠実でありながら、いかにお客様の期待値を超えられる価値の提供ができるかが経営で大切なことなんです」

経営者人生「抵抗勢力には毅然と取り組む」

ゴンチャ

 ここまで原田氏の経営手腕について触れてきたが、経営者たるもの常に順風満帆にいくわけではない。それは同氏にとっても例外ではなかった。日本マクドナルドの経営改革に乗り出し、8年連続で順調に成長していたものの、2013年に代表取締役社長兼CEOのポジションをサラ・カサノバ氏に委ねた直後、「食品消費期限切れ問題」が発生。

 また、2014年よりベネッセホールディングスの社長に就任直後、個人情報漏洩事故が発覚し、DM(ダイレクトメール)凍結により、事業回復はならず、経営陣のけじめとして引責辞任するという不運も経験した。

「成功」と「失敗」の両方を経験する波瀾万丈な経営者人生を歩んできたわけだが、どのようなメンタルを持ちながら経営者としての仕事を行なってきたのだろうか。

「マクドナルドやベネッセはいずれも大企業であり、言わずもがな経営トップの重責を担いながら日々仕事を行わなければなりません。1つの技術や専門的な知識だけで社長が務まるほど単純なものではない。もちろん経営の基本や数字の読み方、論理的な思考なども大事ですが、それ以上に情熱(パッション)や持続力、集中力が求められる。また、ビジネスモデルや経営戦略を考えるだけなら簡単。それを実際にアクションへ移すのが大変なんですよ。

 思い描いたビジネスの構想を実現するために、たとえ足かせになるようなことが起きても毅然とした姿勢と信念を持って取り組まなくてはなりません。自分が良かれと思った戦略に猛反対する抵抗勢力とも時には戦わなくてはいけない。そんなメンタル面のタフさも、経営をする上で必要になる資質でしょう」

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