「完全な妖怪になりたい」京大卒の30歳ピン芸人が描く“異色のキャリア”
日本屈指の難関大学・京都大学。卒業生は研究者を志したり有名企業・官公庁への就職したりと、名門ならではのキャリアを活かして活躍する人も多い。しかし、なかには意外な道を歩む人も。そのひとりが現在ピン芸人として活躍している九月さん(30歳・@kugatsu_main)だ。
青森県出身の九月さんは現役で京都大学に入学後、人生や将来に悩んだ先にお笑いの楽しさを見つけて芸人になったという、少し稀有な経歴を持っている。京大生の多くがエリート街道を進むなか、なぜお笑い芸人という独自の道を歩むことになったのだろうか。今回は、日本一自由な校風の大学が生み出した妖怪「ピン芸人・九月」の誕生秘話を聞いた。
地元・八戸は娯楽が少なかった
──まず九月さんの来歴について教えてください。
九月:僕は漁業が盛んな港町・青森県八戸市出身です。少年時代の僕にとって、八戸市は娯楽や文化へのアクセスが少ない場所でした。大人の今ならお酒とか楽しい街なんですけどね。高校までは遊ぶ場所を見つけられず、せいぜいショッピングセンターくらいでしたね。
──地方ならではの風景ですね。
九月:八戸市周辺には規模の大きい大学もないんです。中学受験などの文化もなくて、進学したい人は公立の中・高と進んで、東北や東京の大学を目指す流れが一般的。僕もそういう進路を選んでいて、周囲を見たところ東北地方の大学から公務員や地元のインフラ系を目指すルートが王道という感じでした。
京大の“養分”を吸いたかった
──周囲が東北の大学に進むなかで、なぜ京都大学への進学を決められたのでしょうか?
九月:京都大学を選択した理由は、大学の特徴である自由な学風への憧れと、とにかく遠くに行きたいという欲求があったから。青森から京都大学に行く人、というかそもそも関西に行く人はほとんどいません。だからこそ自分の知らない場所に行ってみたいという気持ちが強かったです。勉強はもともと好きだったんですけど、知らないものと出会うためなら一層頑張れました。
──大学進学は、自分の知らない土地にいける大きなチャンスですものね。
九月:そうですね。京都大学を選んだ理由はもうひとつあります。それは「京都の養分を吸いたい」という気持ちでした。京都という土地には歴史や文化、一定の文脈が根付いているので、それを自分の中に取り込みたいなと。ある土地で暮らす、その土地で学ぶっていうのは、その土地の養分を吸うことだったので、だったら自分が京都に行くのって面白そうだなと思ったんです。