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日本に必要な「変」差値とは?インドに30年通う人類学者が語る悩み解決のヒント【小西公大さんインタビュー】

日本に必要な「変」差値とは?インドに30年通う人類学者が語る悩み解決のヒント【小西公大さんインタビュー】

働いていると、自分の考えを頭ごなしに否定されたり、その場の空気にしたがって意見をいえなくなったりした経験はないだろうか。実は、本人に問題があるわけではなく日本特有の社会の構造に原因があるのかもしれない。2024年12月に『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった』(大和書房)を上梓した、インドに30年通い続ける人類学者の小西公大さんにお話を伺った。

トラブルが起きたら構造に目を向ける

お金を貸したのにお礼すら言われない。勝手に自分のものが使われ壊れて戻ってくる。普通の人なら激怒して関係が途切れてしまうだろう。しかし、インドのとある民族では当たり前の慣習だと聞くと驚くのではないだろうか。

東京学芸大学の准教授・小西公大さんは、インドに30年通い続ける人類学者である。大学1年生の頃に日本を飛び出しインドを放浪した。旅の途中、インド北西部に位置するタール沙漠で、カースト制度の枠に入らないトライブ(部族)社会の青年に出会ったことをきっかけに、人類学者の道を歩み始めた。

なぜ、インドの沙漠の民は「ありがとう」と口に出さないのか。理由を聞いてもはっきり答えられる人はいなかったという。

「人類学のフィールドワークでは、ある事象の背景にある構造的な部分や人間の普遍的な社会関係の構築の仕方など、かなり深いところまで見ていく訓練をします。表層的な言葉やデータなどからは見えないことが多すぎるんです」

人類学は、住み慣れた世界を飛び出し、簡単に捉えられないような世界に足を踏み入れ、長期滞在しながら現場の論理を理解しようと努める。小西さんは、長年心に違和感を持ちつつも、彼らと寝食をともにする中で、言葉ではなくモノや行動で感謝の表現がなされていることに気づいた。

文化人類学のアプローチは、私たちの生活における仕事やプライベートの悩みの解決にヒントを提供してくれる。

例えば、上司に叱責されて落ち込む。会議で口論になり、気まずい雰囲気になる。顧客から思いもよらぬクレームに動揺する。働いていれば、大なり小なりストレスを感じる出来事に対して、小西さんは以下のように指摘する。

「例えば上司や同僚、友人など身近な人が自分に対して否定的なことを言ってきたとします。その言葉尻を捉えて怒るのではなく、自分と相手の関係性を振り返るんですよ。すると相手の論理と自分の論理のどこに差があるのかを探っていくことで問題の本質に気づくことができるかもしれません」

少し専門的な言葉になるが、文化人類学では、「内容」よりも「形式」や「構造」を重んじるそうだ。「上司に叱られた」という内容だけに注目するのではなく、上司と部下である自分の会社での立ち位置を読み解いてみたり、叱られた理由を考えてみる。その結果、自分が悪いからというよりも、立場上仕方なく指導せざるをえない状況だったり、もしも指摘されなかったら後に大きな問題に発展していた可能性に気づいたりするかもしれない。

小さな違和感を持ち続ける

働いていれば、目にみえるトラブルが起こらなくても、ギクシャクした組織の人間関係に疲弊したり、周囲の雰囲気に気を遣って、自分の意見を言えなかったり挑戦する気持ちを失ってしまうこともあるかもしれない。小西さんはインドに暮らす人々と比較しながら、日本人の「空気」について以下のように語った。

「インドでは職業から身につけるものまで、他者との違いが顕在化されているので、だからこそ『お互いに表現し合わなければわからないよね』っていう雰囲気があるんです。一方、日本は『日本人』という単一民族神話が前提にあって、『言葉を交わさなくてもわかるよね』という空気があります」

「人は違って当たり前」がスタートのインド人と、「みんな同じだよね」からコミュニケーションを始める日本人。その空気による弊害も年々強まっていると小西さんは感じている。

「小さなズレとか社会的に少しでもダメって言われるようなことが起きると、ものすごい勢いで叩いたり排除したりする傾向が強まっている気がします。社会全体で「変」差値を高めていかないと、柔軟で活力のある社会にはならないんじゃないかと思いますね」

偏差値ではなく変差値。小西さんによると、日本人である私たちも本来は一人ひとりが異質な存在なのだという。

「今の社会には『変』人的であることを必死に抑えようとしてきた人がたくさんいると思うんですよね。みんな変人になる素質は持っているから、変差値を少しずつ高めていけばいいんです。そうすれば組織も活性化して、いろんなアイデアも出てくるし、クリエイティビティも発揮できると思うんです」

とは言え、職場でもプライベートでも、いきなり自分をさらけ出して思っていることを伝えることに抵抗を感じる人も少なくないはずだ。変差値を高めるにはどうしたら良いのだろうか。

「まずは違和感をベースに生きることです。働いていると『もっとこうしたほうがいいのにな』と思ったり、『ここはおかしいな』と不快に感じたりする場面があると思います。その感覚にふたをせず、もっと大切にしてほしい。そこには、何か新しいものを生み出す種がたくさん詰まっているんです」

小西さんは「ありがとう」が出てこない環境に違和感を持ち続けたことで、ある日トライブ社会の感謝表現について理解を深めることができた。人と違ったユニークなアイデアや視点を生み出すには、周囲の人がスルーしてしまうような些細なことに意識を向け続けることが必要なのかもしれない。

これからの日本に必要なのは若い世代から学ぶこと

大学で講義を受け持つ小西さんは、これからの社会を担う大学生と常日頃から触れ合っている。教える立場でありながら、学生から学ぶことも多いという。

「今の学生は、僕らが大学生だった頃とは全く違う感性を持っていますよね。興味の対象がモノローグ化したとよく言われますが、消費形態が独り言みたいなんです。例えば、学生数人で自己紹介をさせたら、好きなアーティストやアニメが被らないんです。世界の捉え方が個別化していますよね」

中学生くらいからスマートフォンを使っている学生も珍しくない。いわゆるデジタルネイティブ世代だ。小西さんが大学生の頃使っていたツールといえば、ポケベルだった。小西さんは続ける。

「あまりにも個別化されてしまったがために、つながれないことに悩みを感じている学生もいる気がしますね。一方で、自分が好きで夢中になってやっていることだから、つながらなくてもいいやっていう空気感もあったり。そんな学生の様子を観察していると、若い世代のほうが『変』差値が高まっている可能性があります」

しかし、卒業して社会に出るとその「変」なキャラクターが押さえ込まれてしまうことを小西さんは懸念している。

「管理職やミドルクラスのビジネスパーソンは若い人たちに彼らのマインドを教えてもらうべきだと思います。君たちは一体どんな世界を見て、何に関心があって、どんなことにわくわくするのかって。でないと、時代の変化のスピードについていけなくなってしまうのではないでしょうか。せっかくなので、変差値が高まっている若い人たちの面白さを吸収したほうがいいと思いますね」

思い立って飛行機に乗らなくても、自分の価値観を変えるきっかけは、そこら中に転がっているのかもしれない。

『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった』小西公大著(大和書房)

ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった』(大和書房)

<プロフィール>

小西公大 (こにしこうだい)
1975年、千葉生まれ。東京学芸大学・多文化共生教育コース准教授。専門は社会人類学、南アジア地域研究。インドや日本の離島(佐渡島・隠岐島)をフィールドに、アートや芸能、音楽のもつ力を通じた社会空間の創造に関する研究を進めている。「これからの時代を担うのは変人である」をモットーに、変人類学研究所を立ち上げる。変人學会理事。XR時代の人類の知覚・認識と可能性を模索し実装を目指す拡張人類学研究所メンバー。僕らの社会にゆらぎや余白を生み出し、包摂的で創造的な社会に変えていきたいと、日々もがいている。
主な著作に、編著『そして私も音楽になった:サウンド・アッサンブラージュの人類学』(2024年、うつつ堂)、共著Jaisalmer: Life and Culture of the Indian Desert(2013, D.K.Printworld)、共編著『フィールド写真術』(2016年、古今書院)、『人類学者たちのフィールド教育』(2021年、ナカニシヤ出版)、『萌える人類学者』(2021年、東京外国語大学出版会)『インドを旅する55章』(2021年、明石書店)などがある。

奄美大島出身。大阪府在住のライター。 タイと中国の日本人学校に教員として通算8年間勤務。 帰国後、フリーのライターへ。 補習校講師として、オンラインで国語を教えています。

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