パリでYOSHIKIに送った「フレフレのエール」。無名の応援団が600万円集めて起こした“奇跡“
YOSHIKIさんとの思いもかけないドラマ
その後、思いもかけないドラマが待っていた。実はその日、ゲストとしてパリに入っていたXJAPANのYOSHIKIさんのマネージャーさんと偶然バックヤードで会った団員がいた。そこで「応援していただけないでしょうか?」と頼まれたらしく「誰を?」と聞くとYOSHIKIさん。急きょ、青空応援団の全員に連絡が入った。聞けば、YOSHIKIさんは体調を崩しているという。
そこで、YOSHIKIさんのために応援してほしいとの相談だった。もともと不調だった首のほかに、手首も負傷されていて、身体的にはかなりつらい状況でパリに入られたようだ。
僕らは二つ返事でOKした。会場から屋外に出た広場の一角に青空応援団全員が整列した。そこに細身の黒いレザーコートにサングラス姿のYOSHIKIさんが姿を現した。同時にスチールやビデオのカメラマンが一緒に入ってくる。あたりに人が集まってきた。ほぼ全員がスマホをこちらに向けている。少し肌寒い広場の温度が一気に上昇したかのようだ。
YOSHIKIさんは会場に並んだ学ラン姿の青空応援団を見て、少し照れ臭そうに笑っている。その右手首には包帯が巻かれていた。僕らのまん前の中央に立ってもらい、さっそくエールを始めた。「蒼天仰ぐ」の合唱&旗振りから、「フレフレ、YOSHIKI」のエール、そして団長によるエール&三三七拍子と、ガッツリと応援させていただいた。応援の間、YOSHIKIさんは終始笑顔でエールを受けてくれた。
痛むはずの右手で団員全員と握手を…
とっても感激してくれたようで、拍手をしてくれたあとに、即座に団員のもとに歩み寄り、痛むはずの右手で団員全員と握手をしてくださった。団員たちもケガのことは知っていたから、ふんわりとした握手を交わしていた。それにしてもまさかパリでYOSHIKIさんの応援をさせてもらえるとは。僕らはまるで一仕事を終えたような充実した気持ちに包まれていた。
その翌日、僕らは再び学ラン姿で会場2階の控え室に入り、出番を待っていた。会場が毎回変わり、あちこちダッシュで移動しながら本番に臨む。そんな中、その日のこの回はもっとも大きな会場だった。時間まで何もすることがないので、周辺の様子でも見ようと2階から屋外に出る扉を開けたとき、ものすごい人だかりが目に飛び込んできた。
(このあと、誰か有名人が出演するのかな?)。そう思っていたら、その人だかりの数人が僕を見つけて歓声を上げた。それはまるでビートルズが初めて日本に到着したときの飛行機のタラップ上に、間違って出ていってしまったような状況だった。
(誰かと勘違いしてるんだね)。そう思いながら、バツが悪いので引っ込んだ。そして出番となり、会場に入って再び驚いた。1万人を収容できる大きな会場がほとんど埋まっているではないか。何だこれは!?