東出昌大に憧れたけど…男性モデル業界の現実「25歳すぎると仕事がない」
海外のファッションショーに出るにはお金が必要
生活のためなのはもちろんですが、武島さんがバイトに精を出す最大の理由は「海外のファッションショーに出るため」とのこと。
「よく、『パリコレモデル』の肩書きでテレビに出ている人がいますが、あの人たちは本当にすごいんです。まず、海外で開催するショーに出るためには、そのショーに出演するブランドのオーディションに参加しなければなりません。場所はもちろん、パリを始めとしたショー開催国です。
それに参加するための渡航費、滞在費は自腹です。また、海外で活動するためには現地のモデル事務所に所属したほうが有利なので、事務所探しも並行してやります」
とはいえ、当然、現地に行ってもショーに出られるとは限らないという。
「保証はゼロだし、海外の事務所に入れる保証もなしです。わざわざ渡航費をかけて海外に行き、事務所すら決まらないなんていうのはザラですよ。僕もこれまで何度も行きました。そして一度もショーを歩けたことはなく、事務所にも入れませんでした。また、向こうの人とやり取りするためには英語を勉強しなくてはいけないですし、外人に負けないアピール力が必要。世界中のモデルが集結する中で選ばれることは容易ではありません」
また、武島さんのような濃い顔立ちの日本人モデルは、海外のショーに選ばれにくいそう。
「意外に思われるかもしれませんが、日本人はTheアジア人のような顔立ちの方が海外では受けます。理由は明白なのですが、そこは外人には出せないところだからです。僕のような顔立ちだと、『それなら外人を使ったほうがいいよね』と、なりがちなんです。もちろん、一握りではありますが顔の濃い日本人でもショーを歩ける人はいます。それが選ばれし人なんですね」
モデルは辞めようと思うが踏ん切りがつかない
売れないモデルのまま27歳になってしまった武島さん。モデルを辞めようと思うが「踏ん切りがつかない」と言います。
「8年やっても仕事が全然できませんでしたし、海外も無理だった。年齢も年齢で、もうこれ以上、仕事が入ることはないのが現実だと思います。でも、辞める踏ん切りがつきません。それは、『もしかしたら大きい仕事が決まるかも』という淡い期待が2割、あとの8割は今さら就職する勇気がないことです」
夢を追い続けてきた人が就職するタイミングはとても難しいと思いますが、武島さんは「27歳という年齢がネック」だと嘆きます。
「27歳って、社会でももう若手ではないし、それなりに仕事ができなくちゃいけない立場ですよね。そうなると、これまでアルバイト経験しかない僕じゃ無理かなって思うんです。そもそもこの年齢で職務経歴書が空白のやつは、運よく就職できたとしてもブラック企業の可能性が高いですよね。そう考えると余計怖気づきます。ここまで好きなことをやってきたんだから我慢しろとも思いますが、どうせ辛い思いをするなら『現状維持でいいかな』とも思いますけど……」
華やかな世界の裏にあった現実。
武島さんは、「売れないモデルとしての現実を受け入れつつも、次の人生に一歩踏み出せない人は多い」と言います。そして、辞めるタイミングを失い、アルバイトを転々とし、路頭に迷う元モデルもいるそう。遅咲きでブレークした芸能人たちの話も良く聞きますが、彼らもまた一握りの勝ち組ということなのでしょう。
武島さんが今後どのような選択をするかは分かりませんが、選んだ道が彼にとって良いものとなればいいなと感じました。
<TEXT/ロケット梅内>