京都人の「お茶漬け=帰れ」は本当なのか?創業110年超の老舗お茶漬け店に聞く
もともとは漬物が評判だった
京都のお茶漬けの歴史の中で、お茶漬けの名店として名を馳せ、100年以上の歴史を重ねる「丸太町十二段家」はどのような存在なのか。秋道氏によれば、最初はお茶漬けの店ではなかったという。
「当店はもともと、甘党の店として祇園で商売をしていました。ある時、祇園で遊んで来られた旦那衆が朝帰りの途中に『何か食べさせて』と来店され、私の祖母が、ご飯とあり合わせの漬物を出したところ、美味しい漬物を出す店として評判になりました」
そこからどのようにして、お茶漬けの名店として有名になっていったのか。
「廓(遊郭)の近くに店を構えていたため、お酒に酔って朝帰りされるお客様が、あっさりしたお茶漬けで口直しを望まれるようになり、その要望に応える形で提供するようになりました」
お茶漬けに加えて「出し巻き卵」も
しかし戦後は、誰もが貧しかった時代。あえてお金を出してお茶漬けを食べようとする人は少なく、苦しい時期もあったという秋道氏。その苦境をなんとか乗り切り、現在まで人気店として営業を続けることができている背景には、もう1つのメニューの存在があった。
「私の母が、『出し巻き卵』をメニューに加えたところ、これが評判になりました。当時でも、出し巻き卵自体は一般的にも親しまれていましたが、旅館の朝食か弁当のおかずとして出されることが多く、冷めた状態のものしか食べられませんでした。当店では、定食の一品として熱々の状態で提供し始めたので、それが人気を呼んだようです。現在では、旅館や割烹などでも、熱々のものをいただくことが多くなりましたが、先鞭をつけたのは当店だと自負しております」
なんと、今ではお店で当たり前に食べられる温かいだし巻き卵の元祖がここにあった。